むかし、朝来(あさご)の伊由谷(いゆうだに)に、たいそう心の優しい、親孝行な息子が、年老いた父親といっしょに住んでいました。二人で小さな畑を耕すほかに、山に入って山菜や川魚をとって暮らしをたてていました。

ある春のことです。お天気がよい日を選んで、父親は近くの山へ入っていました。うどをとろうと思ったのです。うどが思いのほかたくさんとれるので夢中になってしまい、気がつくと遠く青倉山(あおくらさん)まで来ていました。

「あまりおそくなると、息子が心配するだろう」
父親は、うどを束ねて背負いましたが、立ち上がろうとしたとたんに足がもつれて、よろよろとたおれてしまいました。すると運悪く、さきほど自分がかり取ったうどの株の上にたおれこんで、切り株で右目をさしてしまったのです。

右目からは血があふれてきます。ひどい痛さをがまんしながら、父親はけんめいに歩いて、ようやく家まで帰り着きました。

息子は、父親が血だらけの顔で帰ってきたので、おどろきました。小さな山の村ですから、もちろんお医者さんなどいるはずがありません。井戸(いど)の水で手ぬぐいをしぼって、傷口を冷やしたり、いろいろと手をつくしましたが傷の痛みはひどくなる一方です。
とほうに暮れた息子は、必死になって神仏にいのりました。

そのうちに息子は、昼間のつかれもあってうとうととねむりこみました。

「高い山の滝(たき)まで行って、その水を取ってきてつけなさい」
真っ白な衣を着た老人が、息子の夢の中に現れてそう言ったところで、息子ははっと目を覚ましました。
「何ともふしぎな夢だ。けれど、もしかすると神様のお告げだろうか」
そう思った息子は、ねむっている父親を近所の人にたのみ、山へ入って滝をさがしました。

ところが滝はなかなか見つかりません。必死になって山という山を探しまわり、つかれきった時、小さな祠(ほこら)をみつけました。
「ああ、もう一度神様にお願いしてみよう」
息子が祠の前で手を合わせようと近づいてみると、水音が聞こえます。ふと見上げると、祠の上に滝があるではありませんか。
「これが、お告げにあった滝にちがいない」
大喜びした息子は、その水をくむと飛ぶように走って家まで帰り、父親の目を洗ってやりました。
するとおどろいたことに、あれほどの痛みがすうっと消えてゆき、父親の目は元通り見えるようになったのです。

この話を伝え聞いて、目の病気で困っている人たちが、山へ登って滝の水を求めるようになりました。そしてたくさんの人が、ふしぎな滝の水で目を治し、喜んで帰ってゆきました。こうして青倉山の水は、目によい水として知られるようになったのです。

それ以来、青倉神社の氏子(うじこ)たちは、うどを食べなくなったということです。