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宗教物
有馬温泉寺縁起ありまおんせんじえんき

有馬温泉寺縁起

有馬温泉寺縁起
(ありまおんせんじえんき)
内藤喜昌筆 江戸時代 1巻 紙本着彩 巻子装
縦34.8㎝×全長1213.7㎝ 全40紙継 絵13段
画中墨書「狩野寿石門葉内藤喜昌筆〔□□〕(朱文方印)」
印記「鉄崖(朱文方印)」「問情澪澤(朱文方印)」「薩加斯塔(朱文方印)」「耶蘇聖心修女伝教会(朱文方印)」等8種

 奈良時代の僧行基が、薬師如来の霊験により有馬温泉(神戸市北区)に導かれた不思議な由来のほか、12世紀の末、大和国(今の奈良県)の吉野から来訪した僧仁西が、温泉寺の改修に至った経緯などが語られています。この資料は、江戸時代中期の京狩野の絵師によって制作されたものと考えられます。

 有馬温泉寺の由来や伝説を描いた絵巻物です。江戸時代の京狩野の系譜に連なる絵師によって制作されました。復元したかたちは詞書13段、絵13段から構成され、詞書と絵とが交互にくりかえす形式で物語られます。断簡ながら、本紙が長大であることから、もとは上下2巻に分かれていたものと考えられます。

 平成4年度の購入当時は、3~4行分に短く切りつめられた詞書が、絵段の前後に継がれ、詞書部分を後ろに折りたたんだ13枚のメクリの状態でした。そのため紙継の前後関係はほぼ失われており、翌年度、制作当時の状態に近づくよう表具・修理されました。 ただ現状の紙継にも問題があり、いまだ錯簡(紙継の乱れ)が存在する可能性や、説話内容から絵が欠落している箇所の可能性などが、指摘されています。

 しかし残された部分や関連するテクスト諸本との比較からは、おおよそ次のような内容であったと推定されます。
第一~八段:行基により有馬の温泉寺が開基される。
第九段:女体権現が国司を白馬ごと吹き飛ばし、温泉の守護神となる。
第一〇段:仁西が蜘蛛に導かれて有馬に到り、再興する。
第一一段:尊恵の閻魔王庁訪問、のちに法華経が掘り起こされる。
第一二段:有馬を再興した行基と仁西をたたえ、入初式が行われる。
第一三段:いまに栄える有馬の温泉寺。

 ところで、近世の地誌類である『摂津名所図絵』巻九(寛政8年〔1798〕刊)には、温泉寺には千種有維筆、狩野永納画による延宝4年(1676)制作の「絵詞伝」2巻が所在していたことが記録されています。この延宝4年本の上巻詞書のみを転写したものが、神戸市立中央図書館に所蔵される「摂州有馬山温泉寺縁起」とみられます。本絵巻に残された詞書は、「摂州有馬山温泉寺縁起」とほとんど重なりあうものです。

 ただ絵の最終段の左端には、杉の大木に塗り消されるようにして、墨書にて「狩野寿石門葉内藤喜昌筆」と記されています。狩野寿石とは、狩野教信(1640~1718ヵ)に比定できるという説があり、この絵巻の筆をとった内藤喜昌はその門人とみられます。とすると館蔵のこの絵巻は、千種有維・狩野永納(1631~1697)による延宝4年本をもとに、内藤喜昌によって17世紀末から18世紀前半頃に制作された伝本と位置づけるのが自然ではないでしょうか。

 こうした絵師や筆者の解明についても、絵・詞書の内容分析とあわせ、今後の研究が俟たれている作品です。

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