女性にとって、長らく「文字」は公家や武家などごく一部の人々のものでした。しかし、近世に入り、女性向け習字手本の刊行や寺子屋の普及によって、文字を書くことが庶民女性にも次第に広がっていきます。

 江戸時代初期には、書名に「女」「女筆(にょひつ)」などと冠した女性向けの手本がつくられるようになり、それまで文字に接することのできなかった庶民女性も日常的に文字を書くようになっていきました。

 播磨国佐用郡平福(ひらふく)村(現佐用郡佐用町)で代官・大庄屋を勤めた田住(たずみ)家には多くの古文書が残されていましたが、そこには習字手本も多数含まれています。今回はそのなかから1点ご紹介しましょう。

【写真1】『女初学文章』 万治3年(1660)刊 個人蔵(兵庫県立歴史博物館寄託)

 これは、万治3年(1660)に刊行された『女初学文章』(おんなしょがくぶんしょう)という女性向けの習字手本です。様々なシチュエーションに応じた手紙の書き方について例文を挙げながら紹介しています。
 当時の書籍は一枚の紙を二つに折り、重ねて糸で綴じていましたが、この手本は綴じ糸をはずされた状態で残されていました。開くとちょうど手紙1通分の内容になることから、当時手本として使う際には一枚ずつ開いて使っていたことがうかがえます。

【写真2】二つ折りの紙を開いたところ

 【写真1】の左のページを開いたものが【写真2】です。
 このページには「節供朔日よめとりなとニさかな樽やる文」とタイトルがつけられ、年中行事や婚礼などの祝儀として肴や酒樽など品物を贈る際に添える手紙の文案であることが分かります。下段の広いスペースに手紙の文案が書かれ、上段には用語の解説欄が設けられています。

 しかしこの手本、字の大きさもまちまちで、改行も不揃い。大きな字の隙間に小さな字がひしめいて…いったいどこから読めばよいのでしょうか。でも、一見無秩序に配置されているようで、雁行(がんこう)様式・散らし書きといった形式にのっとった典型的な女筆手本なので、コツをつかめば簡単に読めるのです。雁行様式は雁の飛ぶさまのように行頭を少しずつ下げて書くこと。散らし書きは文字の大小や行間などをそろえずに散らして書くこと。基本的な読み方は、大きな文字から小さな文字へ、右の行から左の行へ、上にある文字列から下にある文字列へ。

【図1】

 

【図2】

 このページの本文の部分を解説したものが【図1】・【図2】です。緑→青→紫→オレンジの順番に文字を読むと、

(緑)御いはいとして さくらだい十まひ きじ二羽
(青)こぶ百ほん
(紫)しろみき・くろみき二たるをくりまいらせ候
   はまのまさごのかずかずに岩ねの松の
(オレンジ)千よをかさねてめてたさのしるしはかりまいらせ候

となります。


 前半部分には贈答品について記され、お祝いとして桜鯛10枚、きじ2羽、昆布100本、酒(清酒・濁り酒)2樽を贈ると書かれています。後半部分は無限にある海辺の砂や長生きの松で「子孫繁栄」や「長寿」を表しつつハレの日を寿(ことほ)ぐ、決まり文句のようなものでしょうか。

 女性がよく使用した「まいらせ候」という言い回しなども使いながら、流れるような筆致で書かれており、当時の女性の教養として、文字の形や大きさ、配置などの優美さが求められていたことがうかがえます。

 裏表紙の見返し部分には「田住千賀」という女性の名前が記されています。当時の女性がこれを見ながら字の稽古をしているようすが浮かんでくるようです。