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神戸市東灘区から灘区にかけての約3.5㎞の間に3つの大きな古墳が並んで存在する。真ん中が処女塚古墳、東西のものがそれぞれ東求女塚古墳、西求女塚古墳である。いずれも古墳時代前期の90m前後の大型の古墳で、東求女塚古墳は前方後円墳、その他は前方後方墳である。位置関係から真ん中の古墳を一人の女性、東西の古墳を娘に同時に求婚する2人の男性とみたてた物語が生まれた。どちらか一方の男性を選ぶことが出来ずに生田川に身を投げた娘と、それを追って死んだ二人の男の悲恋は奈良時代の『万葉集』にも歌われ、すでに伝説となっていた。古墳が造られてから、わずか4世紀後のことである。巨大な古墳を造るほど大な力を持っていた古墳の主は4世紀後にはその名さえ残すことができなかったのである。しかし悲恋の物語は語り継がれ、『大和物語』や謡曲『求塚』、森鴎外の『生田川』など多くの作品に登場する。伝説の主人公の娘の名は当時の地名から「菟原乙女」とも呼ばれている。古墳の周辺は市街化が進んでそれぞれ公園となっている。林立するビルや家屋に遮られて、菟原乙女と男たちはお互いの姿を見ることもできない。

所在地 : 神戸市東灘区御影塚町2-10

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