むかしむかし、淡路島(あわじしま)の室津(むろつ)の村と、となりの生穂(いくほ)の村は、境がはっきりしていませんでした。村と村との境がはっきりしていないと、何かと不便なことや争いごとがおこったりします。室津にいらっしゃった八幡様(はちまんさま)は、どうにかして村境をはっきりさせたいと考えました。
「室津の村ができるだけ広い方がいいなあ」
八幡様は、生穂の春日大明神(かすがだいみょうじん)と相談して、村境を決めるのがよかろうと思い立ちました。
そこである日、八幡様は生穂の春日大明神を訪ねて、こんなふうに相談しました。
「同じ日の同じ時刻に室津と生穂から出発して、出会ったところを村境にするというのはどうでしょう」
「それはよい考えですね」
「春日大明神は鹿(しか)に乗って、私は牛に乗ってでかけるということで、いかがでしょう」
「そうしましょう」
その翌日、ちょうどお日様が頭の真上にやって来たとき、二人の神様はそれぞれに出発しました。春日大明神が乗った鹿は、身軽に、どんどん走って行きます。急な山道もぴょんぴょんと飛ぶようです。一方の室津の八幡様が乗った牛は、なんともゆっくりと歩いて行きました。坂道にさしかかると、ますますゆっくりです。
とうとう大坪(おおつぼ)の坂を登り切らないうちに、春日大明神と出会ってしまいました。
「しまった、これでは室津の村が何ともせまくなってしまう」
そう思った室津の八幡様は、春日大明神にたのみこみました。
「たいへんもうしわけないのですが、もう一回やり直しにしてくれませんか」
「やり直しですか。構いませんよ。今度はどうしましょうか」
春日大明神が、そう言ってくれましたので、室津の八幡様はこんなふうに言いました。
「今度は、室津から矢を放って、それがつきささったところを村境ということにしてくれませんか」
そういうわけで、また別の日。今度は室津から矢を射ることになりました。今度こそと考えた室津の八幡様は、ものすごく大きな弓と矢を探し出しました。やってきた春日大明神もびっくりするほど大きな弓です。
その弓に矢をつがえて、室津の八幡様はぐうっとひきしぼりました。顔を真っ赤にしながら、うんうんと弓を引きしぼった八幡様は、「えいっ」とばかりに矢を放ちました。矢はぐんぐんと飛んでいって、大坪の坂をこえ、三笠松(みかさまつ)のある釈迦堂(しゃかどう)にぐさっとつきささりました。前よりもずっと広くなったので、室津の八幡様は大満足です。
「無理なお願いを聞いてくださって、ありがとうございました。そのお礼に、これからは、室津にあるものでも、春日大明神様がお望みのものは差し上げるようにいたします」
そういうわけで、毎年六月のお祭りには、生穂の人が大勢室津のはまにやってきて、潮浴びをしたり、その後で木の枝をとってたきぎを作ったり、はまにある石を生穂に持って帰ったりするようになったということです。