本文へスキップします。

ここから本文です。

ヘッダーバナー 絵話を楽しむのイメージ画像です。

異類物百鬼夜行絵巻

 疎遠となっていた妹ネズミの結婚式にまねかれた夜。目覚めると不思議な音がしました。部屋には古い几帳(きちょう)があるようでした。几帳ははためき、すき間に目が光ったようでした。
「え? 誰かいるのか」
くすくすくす。くしゃくしゃくしゃ。
いろいろ音に、耳がそばだちました。誰かこの声に似た人を知っているけど、思い出せずにおりました。
かたわらの衣桁(いこう)に、だれかが脱ぎすてた袴がかかっています。はて、鹿のようでもあり蛇のようでもあり。わたしもこれと同じ衣服を持っていた気がしますが、思い出せずにおりました。
暗闇のなか奇妙な音に耳を澄ましました。
  ふわふわふわ。
  
  しゅるしゅるしゅる。
  
  しゅりしゅりしゅり。
まるで、ぼろぼろの布きれが、ふわり。風もないのに揺れているようでした。かさかさかさ。ざわざわざわ。「なかになにかいるのだろうか?」動いている布の下に、爪が光ったようでした。「なかの人などおらぬのです~」声が聞こえたようでした。
 ぴちゃぴちゃ。かしかし。とくとくとく。「さ、さ、さ、一杯どうぞ」おや?酒宴は続いていたのでしょうか。お銚子(ちょうし)や提子(ひさげ)が宙に浮かんでおりました。酒をついでいるようでした。杯をかたむけて酒を飲んでいるのは三方(さんぽう)のようでした。三方の顔は、酔って真っ赤になりました。
「人には薬、鬼には毒になるという名酒」「神変鬼毒酒(じんぺんきどくしゅ)。」
お銚子と提子が歌うように口上を述べました。けけけ。ひひひ。くくく。どうも道具が浮かんでいるのではなく、道具をあたまにいただいて、その下に体がくっついているようなのでした。「ぞぞぞっ」
 あたまは鍋で、からだは人。あたまは羽釜で、からだは人。あたまは鉢で、からだは人。ぺとぺとぺと。ひたひた。
「ぞくっ。どんな山の奥から来たのだろう。古びた道具が変化(へんげ)して、道具をかづいて化けているぞ!」古い道具も百年が経てば精霊をえて付喪神(つくもがみ)になるという話があるのでした。もともと神聖なはずの御幣や五輪塔、法具さえも化けているのは、人にかえりみられないまま百年が過ぎたせいでしょうか。「あわれよのう……」
人の手で加工された敷物(しきもの)の虎皮、狸皮だって、動物の姿によみがえり、化けて動いているようなのでした うぉううぉう。命のない道具が化けるならば、命ある動物ならばなおのことたやすく、百年の命を長らえて人の姿に化けるものなのでしょう。狐に蛙、ナメクジに、トンボ、ハマグリ、サザエ……。ぴとぴとぴと。ぬめぬめぬめ。「ぞくぞくっ」でも、どこかなつかしく、ほのぼのとするのでした。
 「ああ、そうだ」ふと、自分の心にも、かえりみぬまま百年に似た時をすぎた気持ちがある、そう気づきました。 それは醜い気持ちに違いなく、ずっと閉じ込めていたのです。
 三つ違いの妹は、要領も器量もよく、誰からも好かれて育ちました。妹はわたしについて回るが、誰とでも一緒にいられるなか、わざわざわたしを選ぶ妹をわがままで残酷だと思っていました。憎らしかった。それで長年遠ざけていたのです。「祝福なんてできるものか!」付喪神が這いだしたせいで、わたしの心の鬼までさわぎました。付喪神はわたしの一部なのでした。片隅にあった古い箱を、心の鬼がこじあけて這いだします。
十数年ぶりに再会した妹ネズミ。結婚式をあげた妹ネズミ。それでも、誰よりも妹に感嘆し、魅惑にとりつかれていたのはわたしなのでした。「いかないでくれ!」自分の叫び声で目を覚ますと、夜が明けていました。わたしは、昨夜さんざん酔って醜態をさらしたことを両親に詫びると、妹ネズミに会わずに帰路につきました。

ここまでが本文です。