今秋開催しておりました特別展「女たちのひょうご-千姫から緒方八重まで-」では、久しぶりに当館所蔵の『熊野観心十界曼荼羅』(資料名:『熊野観心十界図』)が展示されました。歴史工房の常設展示にて複製資料を展示していましたが、こうして実物を見ていただく機会が持てたことを嬉しく思います。

 さて、前回のコラム(2019年1月15日)では、『熊野観心十界図』におけるあの世への行き方についてお話ししました。今回は特別展「女たちのひょうご」で取り上げた、“女性と地獄”についてご紹介したいと思います。

熊野観心十界図(当館蔵)
※以下の写真は全て上記資料の部分

 女性に関する地獄(責め苦)を見ていく前に、まず仏教における女性はどのような立ち位置だったのか考えていきます。

 仏教の世界では男尊女卑的な考えがしばしばみられ、その中でもよく知られているのが「五障三従(ごしょうさんじゅう)」と呼ばれるものです。「五障」とは五つの障りのことで、①梵天王になることができない、②帝釈天になることができない、③魔王になることができない、④転輪王になることができない、⑤仏になることができない、というものです。⑤に着目してみると、“女性は成仏できない”ということを示しています。女人成仏を説いた『法華経』でさえも、女性は成仏することが難しく、一度男性に生まれ変わってからでないと成仏できないと考えられていました。このことを「変成男子(へんじょうなんし)」といいます。また、「三従」とは女性が従うべき三つの道のことで、家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んだ後は子に従うという女性としての心構えを説いたものです。この考えは戦前までの「家制度」にもみられます。

 このような仏教における女性観をもってうまれた地獄がいくつかあります。今回は主に室町時代以降から描かれることが多くなった女性に関する3つの地獄をご紹介します。

 1つ目は「不産女(石女)地獄(うまずめじごく)」。画面中央付近に位置するこの地獄は、生前子どもを産むことができなかった女性、また産まなかった女性がおちる地獄といわれています。ここでは、細くて柔らかい灯心(油にひたして火を灯す紐)で堅い竹の根《男根の象徴》を掘り続けるという、生産性もなく終わりの見えない責め苦を受けて苦しむ女性の姿が描かれています。これは、子どもを産むことが女性の重要事項とされた「家」制度を反映したものといえるでしょう。

不産女地獄

 2つ目の「両婦地獄(ふためじごく)」は「二女狂(ふためぐるい)」とも呼ばれています。画面右下に位置するこの地獄は、女性の嫉妬から生まれた地獄と考えられていますが、典拠となるものははっきり分かっていません。『熊野観心十界図』では、1人の男性が蛇体となった2人の女性に巻き付かれる姿で描かれています。女性が蛇体となる説話はいくつか残されており、その中でも有名なのが「安珍・清姫伝説」です。和歌山県にある「道成寺(どうじょうじ)」という天台宗寺院が舞台で、若い僧・安珍と清姫の悲恋がテーマ。この中で、思いを寄せていた安珍に裏切られた清姫が激怒し、逃げる安珍を追いかける過程で蛇体となっていきます。このように女性の嫉妬・執念は蛇体となる形で表現され、両婦地獄においても、蛇体の女性=嫉妬が罪として描かれているのではないのでしょうか。しかし、見方を変えると、男性が責め苦を受けているようにも見えます。妻と愛人双方から蛇体で締め付けられ、火を噴かれる。現代の感覚だと、浮気をした男性が地獄に堕ちて責め苦を受けている、という解釈がしっくりくるかもしれません。しかしこの絵が制作された江戸時代では、一夫多妻制による側室の存在があったことから、複数の女性を傍に置くことが罪に値するとは考えにくい…。

 さて、あなたはこの両婦地獄をどのように読み解きますか?

両婦地獄

 3つ目は「血の池地獄」。またの名を「血盆池(けつぼんいけ)」といい、女性が流す血によって地が穢れるという考えからうまれました。「血盆池」の名前にもあるように、『血盆経』という中国で作られた偽経との関わりが深い地獄です。『血盆経』は室町時代の中期から後期にかけて広がりをみせ、生前に『血盆経』を唱えたり、書き写して持ち歩いたりすることで、この血の池地獄からの救済を受けることができると考えられてきました。画面右下に描かれる血の池地獄では、池の血を飲まされるという責め苦を受ける女性たちの他に、2人の女性が蓮の葉に乗って救済される姿が描かれています。その上部には救済者である如意輪観音の姿があり、膝をつく女性に一枚の紙-血盆経-を渡しています。女性であることが罪(=穢れ)とされる世の中で、この絵のように救済を受けたいと『血盆経』を求めた女性は多かったことでしょう。

血の池地獄

 女性の“罪”から生まれた3つの地獄。このような地獄が描かれた背景には、「家」制度をはじめとする近世的な女性観が影響しているのかもしれません。