学芸員コラム
2016年1月28日
第70回:近世庶民女性の手紙 (1)「主婦」の矜持
現在放送中のNHK「連続テレビ小説」の「あさが来た」。幕末生まれの女性「あさ」の奮闘や家族との心温まるやりとりを毎朝楽しみにされている方も多いのではないでしょうか。
先日、主人公のモデルとなった広岡浅子の手紙が奈良県の民家から発見されたというニュースを興味深く拝見しました。江戸時代以降の古文書は全国的にどの地域にも数多く残されていますが、女性の書いたものが発見されるのは珍しいことです。
江戸時代には、裁縫や琴の演奏とあわせて女子も手習いをすることがありましたし、商家の女性などは特に家業とのかかわりや親戚づきあいのなかで文字を書く機会も多かったと思われますが、それが現代にまで伝えられることは決して多くはないからです。
もちろん、男性の書いたものからも当時の女性のようすを知ることはできます。しかし、女性が日々どのようなことを考えながら暮らしていたかということを知るには、やはり女性自身が書いたものを見るのが一番。そのような意味でも、この手紙はとても貴重なものといえます。
そのようなことを考えていた矢先、当館の寄託資料のなかにも女性の書いた手紙があることを知りました。播磨国佐用郡上月村(現佐用郡佐用町)で庄屋・大庄屋を勤めた大谷家に残されたものです。女性の筆跡は文字のくずし方や言葉遣いにも独特なものが多く、身内に関する個人的な内容が多いため、解読にも四苦八苦!調査はまだ始まったばかりですが、ここで1点ご紹介したいと思います
これは江戸時代後期に書かれた、永富順という女性の手紙です。永富家は播磨国揖西郡新在家村(現たつの市)の庄屋の家筋で、その家屋は国の重要文化財に指定されています。順は江戸時代後期の当主・六郎兵衛定群の妻として、大谷家から嫁いできました。宛先は実家を継いだ弟の嫁である大谷みつ。つまり、庄屋筋の家の女性が義理の妹へあてた手紙ということになります。
気になる内容はというと、どうやら親戚の出産祝いについて、みつが順に相談したらしく、その返事であるようです。産着の素材や値段、仕立て方などについて順は自身の経験から細かく説明し、しっかり準備するようにと激励しているのですが…なんとこの手紙、全長2メートル半!いったい何が書かれているのでしょうか?写真はほんの一部分ですが、内容を要約してみましょう。
大橋家の嫁が安産なされたとのこと、まことにめでたいことです。産着と手通し(生後三日目に着せる袖のある着物)の手配についての相談、承知しました。しかし手通しはいかようにもできますが、産着は出来合いのものでは良いものはないので、早速相談して大坂へ注文するのがよいかと思います。
出来合いのものでも上着一つ1両2分くらいでなければできません。下着は表・裏とも浅黄色の大幅(約70cm)の布で50匁くらい、ひもや仕立て代などを入れて安くても200匁くらいです。それより高い場合は決して安いとはいえないとお考えください。また守り袋や守り刀はいかがされますか。これは産着に添え物にするものです。しかし出来合いにしても刀を入れて1両はかかります。大塩(に住む親戚の祝儀)のときは手通し・産着全部で20両かかりました。産着を別に染めたら一着でもかなりかかります。出来合いのは良いものは随分良いですが、大坂でなければ目にとまるほどのものはありません。
大塩のときは大坂で縮緬を買って下着にし、引き返し(表の布地を裾から裏に回して使うこと)にし、260匁で一着分とりました。仕立てをこちらでさせてもそれほどかかります。しかし、これくらいのことはしておやりなさい。栄吉様(当主?)の外聞にも関わるので、どうぞお張り込みください。
このあとも、手紙は産着の生地や発注先、湯上げ(風呂上りに使うタオル)やおむつにつける模様にいたるまで長々と続きます。そして「ものよろしくして御やり被成(良い品にしてあげなさい)」「祝きもしかりと御やり被成(祝儀もしっかりとおやりなさい)」などと激励の言葉が繰り返されています。行事や儀礼の際の贈答品は、「家」の体面にもかかわる重要なもの。この手紙からは、親戚同士の贈答をとりしきる順の「一家の主婦」としての矜持のようなものが感じられる気がします。
「まむり袋」「そいもの」などの話しことばや「たんと(たくさん)」などの方言がそのまま書かれているのも、女性の手紙の特徴。飾らない文章から、家族を想うあたたかい気持ちが伝わってくるような気がしませんか。
この手紙は、現在当館の「歴史工房」で展示中(3月頃まで展示予定)。このほかにも、女性の手紙や手習い帳を数点展示しています。ぜひ足をお運びください。