学芸員コラム
2015年6月15日
第64回:ユニバーサルミュージアム
近年、「ユニバーサル・ミュージアム」という言葉を見かけるようになりました。しかし、その定義を調べてみると、明確に書いてあるものには行き当たりません。様々な人がいろいろな思いを込めて使っている言葉だと言えますが、ユニバーサルデザインの考え方を応用した博物館・美術館のことを指すと言えば間違いではないでしょう。
「ユニバーサルデザイン」の概念は、1980年代にアメリカのロナルド・メイス氏が提唱したのが始まりで、高齢であることや障害の有無、使用言語の違いや性別などにかかわらず、すべての人が快適に利用できるように製品や建造物、生活空間などをデザインすることを目的とした考え方です。今更ですが、その7原則を見てみます。
(1)だれでも公平に使えること (Equitable use、公平な利用)
(2)使う人が使いやすい方法で使えること (Flexibility in use、利用における柔軟性)
(3)使い方が簡単であること (Simple and intuitive、単純で直感的な利用)
(4)必要な情報がすぐわかること (Perceptible information、認知できる情報)
(5)うっかりミスをしても大丈夫であること (Tolerance for error、失敗に対する寛大さ)
(6)使う労力が少なくて済むこと (Low physical effort、少ない身体的な努力)
(7)利用しやすい大きさであったり、使いやすいように周囲に配慮し置かれていること (Size and space for approach and use、接近や利用のためのサイズと空間)
ユニバーサルデザインに配慮することは、いまは当然のこととなりました。多くの博物館・美術館でも建物をユニバーサルデザインに基づいて建設したり、改修したりしていると思いますが、それだけでは当たり前すぎて、ユニバーサルミュージアムという言葉を使うまでもありません。ユニバーサルミュージアムを目指す試みとは、ユニバーサルデザインを建物以外のことにも取り入れようとする動きと言えるようです。
しかし、ユニバーサルデザインを博物館・美術館の施設面以外に適用しようとすると難しいところがあります。とくに博物館の核となる展示は使うことが目的ではなく、知ること・学ぶことが目的であるので、建物や物の使用を想定したユニバーサルデザインをそのまま持ってくることはできないところがあります。
そこで、ユニバーサルデザインを学びに応用発展させた取組を見てみたいと思います。「学びのユニバーサルデザイン(Universal Design for Learning)」です。アメリカのの民間教育研究開発組織である CAST(the Center for Applied Special Technology)(http://www.cast.org/)が提唱しているもので、学ぶ機会をあらゆる人々が等しく得ること出来ることをめざしたカリキュラム開発のための枠組です。
その3原則は以下のとおりです。
(1)提示に関する多様な方法の提供(Provide Multiple Means of Representation)
(2)行動と表出に関する多様な方法の提供(Provide Multiple Means of Action and Expression)
(3) 取り組みに関する多様な方法の提供(Provide Multiple Means of Engagement)
詳しくはガイドラインをご覧いただければと思います。
学びのユニバーサルデザインは、主に学校での学びを想定した取組です。よって、学校のように学習の明確なゴールが決まっていない博物館・美術館では(2)や(3)の原則を導入できる場は少ないでしょうが、(1)にあげられている、いろいろな方法で情報を用意するという原則は参考になります。例えば、1つの展示で、晴眼者向けの通常のパネルだけでなく、視覚障がい者向けには触ることの出来る展示物や音声ガイド、点字の解説を、日本語を使用しない人向けには外国語の解説を用意することは導入しやすいと思います。
ところで、当館にも触ることの出来る展示はあります。しかし、視覚を前提にしたものがほとんどで、目の見えない人が楽しむには難しいものがあります。博物館・美術館の展示は基本的に見ることが前提でなので、目の見えない人を意識した展示作りがなかなか出来ないところがあります。この点は、当館の反省点です。ユニバーサルミュージアムという言葉を掲げている博物館・美術館の取組が視覚障がい者を想定したものが多いのはある意味当然と言えるでしょう。
さて、近年開館したり、リニューアルしたりした博物館ではユニバーサルミュージアムをその活動のキーワードにしているところがあります。
インターネットで情報発信をしている館をあげてみますと、例えば1995年に開館した神奈川県立生命の星・地球博物館では、『ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館―』という開館3周年記念論集が出されており、そこには「すべての人々への自然な平等参加」できるような「開かれた博物館」を目指す試みが記されています。
また、2014年3月にリニューアルした福岡市立博物館では、リニューアルの目玉の1つとして「多様な人が、安心して楽しく過ごせる」ユニバーサルミュージアムを掲げており、様々な活動をされているようです。たとえば、そのリニューアルに先立って行われたユニバーサルデザイン・ワークショップの成果が、福岡市のサイト「気づきネット」(http://universalfukuoka.org/)の気づき検索に反映されています。(http://universalfukuoka.org/search/searches/workshop_detail/22)
このようにユニバーサルミュージアムの実現に積極的に取り組む博物館・美術館を参考にしながら、誰もが楽しむことが出来る博物館を当館でも目指していけたらと思います。