学芸員コラム
2021年12月15日
第134回 野里界隈まち歩き講座
去る11月28日から3回にわたり、れきはく連続講座「野里(のざと)界隈まち歩き講座」を開催しました。兵庫県立歴史博物館と同様に、野里地区もやはり姫路城の北東側に位置しています。この講座は、地域のまち歩きをとおして参加者独自の視点で界隈を観察してもらい、新しい視点での地域の魅力を見つけ、その成果を発表していただくという参加型イベントとして開催しました。
野里は古くから鋳物(いもの)業が盛んな地域として知られており、江戸時代における姫路城下建設により城下町の一部あるいは外町となりました。昭和20年(1945)7月の姫路空襲の際には戦災を免れましたが、近年は空き家が増えるとともに改築や取り壊し、さらに景観の変化が進んでいます。その一方で町家の再生や活用の取り組みも行われており、今後の動向から目が離せない地域といえます。
講座は11月28日(日)、12月5日(日)、12月12日(日)の3日間にわたって開催しました。その内容は以下のとおりです。
【1日目】11月28日(日) 会場=日本城郭研究センター中会議室
(1)趣旨説明 (2)説明「野里地区と探索する対象について」 (3)探索グループ分け
【2日目】12月5日(日) 現地探索
【3日目】12月12日(日) :会場=日本城郭研究センター中会議室
(1)グループ単位で探索結果のまとめ (2)成果発表・意見交換会 (3)アンケート記入
【1日目】
野里地区の歴史と魅力についてお話しするとともに、探索をとおして、今はあまり知られていなくても将来の文化財になるかも知れない「マイナー遺産」や、あるいは見る人によっては感動や興味を引き起こす「隠れ遺産」等を探していただくように説明し、その事例として町家建築やその中に見られる部材や装飾など、あるいはホーロー看板やその他の小物類などをご紹介しました。
説明の後に、現地探索を行う際のグループ分けを行いました。ただ、この前の趣旨説明に時間を使い過ぎてしまい、グループのメンバー同士で探索の打ち合わせをする時間を十分に確保することができなかったことが、運営上の重大な反省点となりました。
【2日目】
姫路城大天守の東側、姫路医療センターの東側付近から野里街道を北上しました。今回のまち歩きに際しては、地域の町家所有者・管理者のご協力により4軒の町家の中を見学させていただくとともに、町家についての貴重なお話も伺うことができました。そのことにより店舗と住居が一体化した町家での人の暮らしを想像するとともに建物の奥行きの深さを感じることができたことが、参加者にとって貴重な体験となったのではないかと思います。
また、参加者には探索の結果、各自「お気に入り」を何か一点見つけて、翌週の成果発表会で報告してくださいとお願いしていました。要所以外では特に私から説明や解説をしなかったのですが、みなさんは予想以上に熱心に探索活動を行った結果、探索会終了時にはほぼ日没間際となっていました。探索の時間をもう少し長く確保すべきだったことも主催者としての反省点と思っています。
【3日目】
再度みなさまにお集まりいただき、探索結果を整理し、その発表を行っていただきました。ここで当日の成果や感想の一部を披露します。
1 町家や町並みについて
・良好に再生された町家の中を見学でき感銘を受けた。町家の奥行きの深さが感じられてよかった。
・隣りあう5軒の町家が保存されている場所があり景観が保たれていたことが良かった。
・その一方で町家の取り壊しも進んでいるようで、残った町家のトタンの壁に隣家の痕跡が残されており、そのことによりかつての町並みを想像することができた。
・正面だけ見ると新しい住宅や店舗に見える建物も、横からよく見ると町家を改装したとわかるものがあった。
2 町家の活用と地域の活性化について
・町家が連なる町並みの保存のためには、より多くの人に野里地区に来てもらうことが必要と感じた。
・虫籠窓が残る2階はそのまま残して1階を洋風の洒落たブティックに改装した町家があった。町家の保存法としては異論があるかもしれないが、活用しながら保存する手法としてあり得るかと思った。
3 近代建築などについて
・昭和初期に建てられた近代建築(鉄筋コンクリート一部木造)の薬局が残っているのがすごいと思った。
・またその薬局ビルの壁面にいくつものホーロー看板が取り付けられており、そこに記された電話番号「壱千三番」などの文字に歴史を感じた。
・この建物の一部は、正面は鉄筋コンクリート造に見えるが側面から見ると瓦屋根が確認でき、それがもともとは木造の町家であることがわかった。
・1962年製の受電盤収納ボックスが残っているのはすごい!!
参加者のみなさんにとって、野里界隈に残る町家や町並みに対して、このように多様な視点に基づく発見があったことがなによりの成果であったと思っています。将来文化財になるようなものは発見できなかったかもしれませんが、見る人によってはかなりの興味を引き起こす、“ギーク※”な遺産が見つけられたのではないかと思っています。そしてこれらの発見についてはインターネット上の地図にプロットし、参加者のみなさんに共有する予定です。
今回の企画に関しては、主催者の至らなさや準備不足もあって、参加者のなかには物足りなく感じられた方もいらっしゃったかと思いますが、特に町家の所有者や管理者のみなさまのご協力をいただけたことと、参加者のみなさまの温かいお気持ちに支えられ、何とか3日間の日程を終えることができました。最後になりましたがこの企画にご参加・ご協力いただいたすべての方に感謝を申し上げ、筆を置きたいと思います。
※ ギーク(geek):アメリカで使われている俗的な表現。「奇人、変人」、転じて「まじめな生徒」を意味する。最近では「(よい意味での)オタク」「1つの物事に対して深い知識を持つ人」といった意味にもなっている(注)。
(注) 伊東孝『「近代化遺産」の誕生と展開』2021年7月、岩波書店、184頁