特別企画展「絵そらごとの楽しみ」を開会中です。副題に「江戸時代の絵画から」とありますように、江戸時代の絵画を60点余り開陳したものですが、圧巻は屏風です。

ギャラリー入口の会名表示

 著名な「洛中洛外図屏風」から始まり、源平合戦図屏風、東海道街道図屏風、四季耕作図屏風、四季風俗図屏風、酒呑童子屏風、厳島参詣図屏風(前期のみ)、楠遺誡図屏風(前期のみ)など、多彩な画題の屏風が惜しげもなく披露されています。館長でありながら、当館に、これだけの屏風が所蔵されているのを知りませんでした。それほどに当館としても、久しぶりの大型美術展と言えるでしょう。それを待ったおられた方が相当数、おられると見え、新型コロナウイルス感染にともなう緊急事態宣言が発令されていたにもかかわらず、連日、観覧者を迎えています。

 ところでこの度の展示を見ていて、これまでの展示、たとえば「驚異と怪異」や「女たちのひょうご」にはストーリーが際立っていましたが、「絵そらごとの楽しみ」には作品鑑賞の楽しみが用意されていると思えます。ストーリーから作品鑑賞に、展示の主題が変わっている、別の言い方をすれば、歴史博物館から美術館に模様替えされた雰囲気を感じるのですが、いかがでしょうか?

 西洋起源のミュージアムという言葉にはこの双方を含みますが、日本では博物館と美術館にはかなりイメージの違いがあります。どちらが好きか、という質問も普通でしょう。 そんな中、博物館と言いながら極上の作品鑑賞を楽しませてくれる施設があります。台湾の故宮博物院です。

故宮博物院前景

 故宮博物院には近年、何度も行っているのですが、その度に、2011年3月の台北訪問を思い出します。3月11日(金)の午後2時46分、東日本大震災とそれによる大津波が関東・東北を襲ったのですが、その時、わたしは日本にいませんでした。というより地上にいなかったのです。台湾の桃園空港に向かう飛行機の機内におり、その大惨事を知ったのは台湾大学のゲストハウスに着いてから。夜にテレビで見た映像は最初、日本のこととは思えなかったのです。翌朝の研究会は、犠牲になられた方々への黙とうで始まりました。 台湾行きの飛行機に乗ると、いつもそれが思い出されます。10年目の今年、あらためて亡くなられた方々の冥福をお祈りします。

飛行機からの写真
飛行機からの写真

 さて、熱帯樹林を背にして立つ台北市の故宮博物院(現在、嘉義県に南院がある)の特色は、広大な施設の3階から1階まで(地下1階はタクシー乗り場)、展示室が作品ごとに決まっていることです。そこで、フロアマップが必携です。入り口でそれを貰い、さて今日はどこから攻めるか、と毎回、思案します。ここ―たとえば故宮の至宝、ヒスイの白菜にキリギリスが止った「翠玉白菜」―と思っても観覧者が一杯で、しばし待たなければならないからです。

「翠玉白菜」
この時、撮影は許されていました。ギフトショップのレプリカは大人気です。

 何度かの訪問を通じて、わたしの好みができました。第一に3階の甲骨文字の部屋。20世紀の初めに殷墟跡(紀元前11世紀に周に滅ぼされた)から発見された文字の刻まれた亀や牛・鹿の骨が並びます。わたしたちが使う漢字のルーツという近さもありますが、見惚れてしまいます。大概の人は足早に過ぎ去るので、ひとり、長居するにはピッタリ。

 第2に2階の書画の部屋。陶磁器と同様、唐・宋・元・明・清などいくつもの部屋がありますが、お気に入りは「清明上河図」などの絵巻です。日本のように屏風が主流にならなかった分、絵巻物は素晴らしい。故宮のスタッフは現物をタップリ見せるだけでなく、そっくりCGで再現し、牡丹に止る蝶を一瞬、飛ばしてしまう離れ業を行い魅了します。

 そして第3に、古文書・古地図などの歴史資料の部屋。職業柄といわれればそれまでですが、企画展として新資料が開陳されることも多く、何に出会うか楽しみです。満州文字と漢字が併記された辞令書、祭礼に使われる楽器・禮器・城郭や橋・学校を描いた絵図、清朝の役所の出版物など、故宮がアーカイブ文書館の機能を併せ持っていることが理解されます。

 記憶に基づいて書いていますが、今はかなり変わっているようです。最新の案内をホームページで、しかも見事な日本語で読むことができます。

 世界的なコロナ感染が終息し、また、台湾故宮博物院に行ける日の近いことを心待ちにしています。