6月と7月にわたしの本が2冊、出ました。『武士の町大坂』と『大阪遺産』で、ともに題字に大阪(大坂)が入っています。

『武士の町大坂』と『大阪遺産』

 館長就任以前は大阪が仕事と研究の場でしたので、勢い大阪関係の成果が多いのですが、明治維新=兵庫県政150年であった一昨年、初代兵庫県知事伊藤博文の新出書簡が新聞で紹介され、話題を呼びました。それは9月に明治と改元される慶応4年の手紙で、兵庫の立県を「大坂の支配を脱」するためと語っています。江戸時代、現在の兵庫県域、とくに摂津や播磨が政治的・経済的にも文化的にも大坂の圧倒的な影響下にあったことを、元長州藩士で尊攘派の志士であった伊藤は強く感じていたのでしょう。そんな思いで創られた兵庫県の歴史博物館にいま、わたしが館長としているのは不思議な気がします。

 講談社学術文庫版の『武士の町大坂』は、そんな江戸時代の大坂に関するもの。1990年10月に「消えたサムライを追え!」というカバーを付けて発売された中公新書版が、リメイクされてこの度、講談社学術文庫版となりました。文庫版には表紙カバーに「天満橋を行く侍」の絵、帯には「たった2パーセントの侍が「町人の都」を動かしていた!」とキャッチコピーがあります。中身は同じですが―定価は780円と1000円で発行部数の少ない文庫版が高い―、まるで別の本のような装丁には驚きます。編集者のなせる業で、営業部と議論した上での知恵でしょう。どちらもお見事、というほかありません。新書と文庫は、どの出版社にとっても熾烈な激戦区。知恵の絞り様が、商品の売れ行きを決めます。

 書いたわたしは、どちらでもいいのですが、新書版は売れなかったので、10年経って、文庫版で名誉回復が果せるのは研究者の冥利に尽きます。それほど、この本には思い入れが強く、その着想は、歴史研究者としてのわたしの体内に今も息づいています。

 一方『大阪遺産』は、全くの新著。軽装ながらもわたしの論文集といっていいものですが、根っ子にあるのは、関西大学退職前10年間に関わってきた大阪を中心とする文化遺産調査・研究事業。その過程で執筆した論考、話した講演録などのアンソロジーです。

 口絵に山田伸吉画「道頓堀今昔」を収めていますが、道頓堀のCG(コンピューターグラフィックス)化は事業のハイライトで、2019年5月、NHKのテレビ番組「ブラタモリ」道頓堀篇に出演する契機となったものですが、それよりもこの本の最大の特色は、隷書体で書かれたタイトル「大阪遺産」。尊敬する書家糸見渓南氏に特別に揮毫をお願いしたものです。

 糸見先生は、藤田まこと主演のテレビ番組「必殺仕事人」のタイトルを書かれた書家として知られていますが、書道グループ「青潮」副会長の肩書を持つ書の大家です。関西大学の卒業生でもあり、書道部の顧問という経歴から、わたしが中心となって進めていた関西大学とルーヴェン・カトリック大学(ベルギー)との学生による文化交流事業に2011年と2014年の二度、同行していただきました。写真は書の実演の場面ですが、小柄な身体で、墨をたっぷりと吸った大きな筆を自在に操り、墨痕鮮やかに仕上げられる姿は、学生たちに大きな感銘を与えました。

書の実演をする糸見先生(2011年と2014年)

 作品の一つは今も、ルーヴェン・カトリック大学図書館アジアライブラリーの壁面に掛けられています。

書「水清」の下で書を見る糸見先生・ファンデバレ教授と藪田

 『大阪遺産』には、ルーヴェン・カトリック大学との文化交流に関する一篇もあることから、先生に揮毫をお願いした次第ですが、そこには「文化遺産は人である」というわたしの強い想いが込められています。