今月の話題は、これを措いてほかにないでしょう。

 姫路城の世界遺産登録30年を祝して、城内三の丸広場の特設劇場で公演されている平成中村座の芝居興行です。

 芝居好きな妻の奮闘の結果、狭き門を潜ってなんとかチケットをゲット。仲見世を通り、芝居小屋に入ると、中央に掛かった大きな提灯が迎えてくれます。中央に大きく「平成中村座」と書かれています。

 開演を待ちわびていると、しばらくして狂言を素材にした舞踊「棒しばり」が始まりました。狂言でよく見る演目ですが、太郎冠者と次郎冠者の動きが狂言以上にコミカルで、かつダイナミック。見終わって、勘九郎さんら歌舞伎役者の舞の力量の確かさに驚きました。芸事の基礎として、お仕舞を幼年期から身体に叩き込まれているのでしょうね。なんとも身体が柔らかい・・・

 幕間の休憩を経て、つぎはお目当ての「天守物語」。いわずと知れた泉鏡花の名作を、坂東玉三郎さんが演出したもの。特設劇場ということで、先ほどの「棒しばり」の背景にあった老松の鏡板はすでに取り払われ、舞台上には姫路城大天守の最上階が再現されています。したがって舞台から見下ろせば、豆粒のような人間が、地上で動いているのが見えるという趣向です。
 舞台上には天守閣の主富姫ら、人とも思えない「異形の者たち」、富姫に仕える侍女薄や、姫を姉と慕う猪苗代湖の主亀姫らが、時空を超えて行き来する世界が表現されています。そこに突然、姫川図書之助という「生身の人間」が、城主である武田播磨守家中の侍に追われて逃げ上ってくることから、芝居は一気に動き出します。

 「異形の世界」に、「この世の人間」が闖入する―という発想が、このドラマを作り出しているのですが、五層六階という壮大な大天守が、それを支えているのです。翌日、出勤して、あらためて博物館一階に展示されている姫路城の15分の1内観模型を見たのですが、天守の上と下で、別の世界が存在していたことを十分、想像させてくれます。三階程度の天守閣では、この発想が生まれないでしょう。

 ところで、姫川図書之助ら生身の人間が、異界に出入りする口はどこかといえば、花道に設けられたスッポンが、その場所です。通常の芝居小屋では花道の途中、演者がせり上がってくるあの場所です。回り舞台はないものの、特設でありながら、芝居小屋の定式をしっかりと備えていることにも驚きましたが、この度の公演のハイライトは大団円に待っていました。
 富姫と図書之助が逃げ延びようと手に手を取ったその瞬間、大天守最上階の壁が開き、本物の姫路城の石垣が目に飛び込んできたのです。姫路城公演の所以ともいえる趣向に、観衆の大喝采が響いていました。帰路、小屋の背面に回ると、左右二枚の大きな板が見えました。これが、あの仕掛けだったのでしょう。