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名所めぐり塩しお
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塩造りの手法は、製塩土器で塩水を煮詰めて塩を得ることから始まったと考えられている。江戸時代に入浜式の塩田が開発されると、遠浅の浜を持ち日照時間の多い瀬戸内地方は、塩業の盛んな地域として発展していった。塩業は単位あたりの収益が水田の十倍あったと言われ、盛んに開発が進められた。中でも赤穂は藩の政策もあり、千種川河口付近のデルタ地帯を干拓して大規模な塩田を開発した結果、赤穂の塩は全国的に有名な銘柄となる。『忠臣蔵』で「赤穂事件」(元禄十四年松の廊下での刃傷事件)の原因であるかの如く語られるほど高名であった。
今は釜屋を使った昔ながらの生産は行われていないが、かつての塩の生産の様子は赤穂海浜公園内の「塩の国」で復元され、体験学習ができる。
所在地 : 赤穂市海浜町(赤穂海浜公園)
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