姫路市夢前町前之庄(ひめじしゆめさきちょうまえのしょう)に岡(おか)というところがあります。西側に夢前川(ゆめさきがわ)が流れていて、むかしはその川原に、村の人たちが飼っている牛や馬を放して、草を食べさせていました。川原の南の方には、高い岩山を背にして大きな淵(ふち)があります。どんなに日照りが続いても底を見たものがいないというくらい深い淵で、村の人々は「穴淵(あなぶち)」と呼んでいました。
ここから西へ山を越えた反対側の谷に、「どんどが淵」という淵があります。穴淵は、じつはこの「どんどが淵」と地下でつながっているとも伝えられています。
この穴淵には、大きな河童(かっぱ)が住んでいて、川原で草を食べている牛や馬を淵へ引きこんで食べてしまうと言われていました。ある日、庄屋(しょうや)さんの家の馬が、いつものように川原で草を食べていると、首に付けた手綱(たづな)がふとしたひょうしに川の水につかってしまいました。すきをうかがっていた河童は、この手綱を取って、馬を引きこんでしまおうと力いっぱい引っぱりました。しかし、庄屋さんの馬は、たいへんな名馬で、とても強い力を持っていたのです。
川原で、河童と馬との命がけの綱引きが続きました。とうとう馬の力が少しだけ勝って、河童の甲羅(こうら)が水の上に出てしまいました。河童は水の中にいるときはものすごい力を持っていますが、甲羅が水面に出てしまうともう力が出ません。ついに馬に引きずりだされ、そのまま庄屋さんの家まで引っぱって行かれてしまいました。
庄屋さんは河童を見ると、
「いつも村のものが大事にしている牛や馬を引きずりこんでしまうやつは、おまえか。覚悟(かくご)しろ。」
と、槍(やり)で一つきにしてしまおうとかまえました。
「どうか命ばかりはお助けください。今日までしてきた悪事は深くおわび申し上げます。お助けいただければ、よい薬の作り方をお教えしますから。」
河童は手をすりあわせ、頭を地面にすりつけて頼みました。庄屋さんも、心からわびていることがわかりましたので、許してやることにしました。
河童が教えてくれた薬は、お乳の出が悪いお母さんにあげると、たくさんお乳が出るようになる薬でした。それからこの薬は、庄屋さんの家で作られるようになったということです。
(『郷土の民話』中播編をもとに作成)