江戸時代の姫路城。今夜も殿様(とのさま)のおそばに仕える若い小姓(こしょう)たちが、交代で寝ずの番の仕事についていました。秋の夜長、ひとしきりうわさ話に花を咲かせた後、いつものように話題は天守閣(てんしゅかく)に住むという主(ぬし)の話になっていきました。
五層七階建ての天守閣、その最上階に、おさかべ姫という主がいて、年に一度だけ殿様が一人きりで対面するのだ、と子供のころからみな聞かされていたのです。
「いつも同じ話ばかりしていてもつまらんな。どれ、どんなやつなのか、おれが見てきてやろうじゃないか。」
まだ十七、八歳で生意気盛りの小姓たち。その中でもひときわ元気のよい森田図書(もりたずしょ)は立ち上がると、ちょうちんを手に持ってなんでもないようにスタスタと天守閣へと向かっていきました。
夜の天守閣、真っ暗やみの中、小さなちょうちんの明かりだけを頼りに、急な階段をそろそろと一階、また一階と登っていきます。気の強い図書ですがやはり人の子、心の中ではいろいろな想像がぐるぐるとうずを巻いていました。
「主というからには、老婆(ろうば)の姿をしているのだろうか。あるいは、狐(きつね)の化身(けしん)という話も聞いたことがある。」
「会ったらどうなるのだろう。やはりとり殺そうとおそいかかってくるだろうか。」
「やはり引き返そうか。いや、いまさらそんなことはできない。」
ついに最上階にたどりつきました。
「やはり、いる。」
だれもいないはずの最上階、でも、戸のすき間からぼんやりと明かりがもれていました。図書は一息深呼吸をしてから、静かにその戸を開けました。
「だれじゃ。」
一言、きびしい声がひびきわたりました。図書は思わず、「ははーっ。」と平伏(へいふく)しました。
声の主が図書の方を振りかえる気配がしました。やがて図書の方へ向き直る着物の音がします。はりつめていた空気が少しやわらいだような気がしました。
「そこにいるのは何者か。」
今度はやわらかい声でした。まだあどけなさの残る顔立ちで、刀もさしていない図書を見て、安心したような声です。図書も少しほっとして、
「お城の小姓、森田図書と申します。」
と、ここまで登ってきたわけを正直に話しました。平伏(へいふく)しながらそっと相手の姿を見ると、年のころは三十代半ばか、色白で高い鼻筋の美しい女性が十二単(じゅうにひとえ)を着て座っていました。
「そうか。それは勇気のあることじゃ。ならばここまで来た証拠に、これを持ち帰るがよい。」
図書の前に兜(かぶと)のシコロ(首まわりの部分)が置かれていました。図書はシコロをありがたくいただき、一礼して部屋を出ていきました。
翌日、殿様のもとへもこの話が伝わり、図書は、持ち帰った兜のシコロを差し出しました。それを見た殿様の顔が青ざめました。
「すぐに家宝の兜を調べよ。」
城主の命で、蔵の中の兜を取り出してみると、シコロが引きちぎられていました。図書が持っていたものと合わせるとぴったりとはまります。城主が会うときはいつも、天守閣の主は老婆の姿なので、図書の話を少しうたがっていた城主も、これを見て納得した、ということです。
(『兵庫の伝説』第二集をもとに作成)