むかしむかし、奈良(なら)の飛鳥(あすか)に都があったころの話です。今の神河町(かみかわちょう)に枚夫長者(まいぶちょうじゃ)という豪族(ごうぞく)がいました。そのころ飛鳥で争いがあり、枚夫長者たち地方の豪族にも軍勢として都にのぼるよう命令が届いたので、戦(いくさ)のしたくを整えて出かけていきました。

数か月後、都の争いもおさまり、枚夫長者はなつかしいわが家に帰ってきました。留守をまかせていた家来がうやうやしく主人を出迎えました。
「長者さまがお留守の間に、鹿(しか)がたくさん集まるよい狩り場(かりば)を見つけました。ぜひ明日、一緒にまいりませんか。」
枚夫長者は狩りが大好きだったので大変よろこび、つぎの日、いつもかわいがっている白と黒の愛犬二頭をつれ、家来と二人で狩りに出かけました。

枚夫長者のいつもかわいがっている白と黒の愛犬二頭のイメージ画像

ところが、これはワナでした。家来は主人が留守の間に、自分が長者になろうと考え、いろいろと計略を練っていたのです。ほかにだれもいない山奥まで来たとき、とつぜん家来は弓に矢をつがえ、枚夫長者にねらいを定めてきました。長者は不意を打たれて、どうすることもできませんでした。

死を覚悟(かくご)した長者は、家来に少しだけ待つよう頼むと、供につれていた愛犬たちに、持っていた弁当を分け与えながら語りかけました。
「わしはもはやこれまでじゃ。しかし、おまえたちに一つだけ頼みがある。わしが殺されたら、おまえたちはわしの体をきれいに残さず食べてしまってほしい。わしもこのあたりでは少しは名の知られた長者だ。そんなわしが家来に殺されたとあっては恥(は)ずかしくて死んでも死にきれない。よいな、恥(はじ)を残さないために、わしの体を食べてしまうのじゃぞ。」

愛犬たちは、首をうなだれて聞いていましたが、主人の言葉が通じたのでしょうか、その言葉がおわるやいなや、二頭ともすばやく飛びあがって、一頭は家来の弓の弦(つる)をかみ切り、もう一頭は家来ののどに食らいつきました。

こうして長者は愛犬のおかげで助かることができました。やがて愛犬たちが天寿(てんじゅ)をまっとうして死ぬと、長者は二頭のために墓所にお寺を建て、すべての財産を愛犬たちの供養(くよう)のためにお寺に寄付しました。このお寺は神河町にある法楽寺(ほうらくじ)というお寺で、犬寺と呼ばれて親しまれています。

(『郷土の民話』中播編をもとに作成)