むかしむかし、姫路(ひめじ)の近くに住んでいた狩人(かりゅうど)が山へ出かけると、一匹の狐(きつね)が大蛇(だいじゃ)にしめ殺されそうになっているところに出くわしました。かわいそうに思った狩人は、鉄砲(てっぽう)で大蛇を追いはらい、狐を助けてあげました。

およし狐(白色の狐)のイメージ画像

その帰り道、林の中を歩いていると、突然目の前の木から女の人が落ちてきました。見上げると枝に縄(なわ)がかけられていて、どうやら首をつろうとして失敗したようです。
「ばかなことをするな。どうしてこんなことをするのや。」
女の人を助けおこしながら狩人は聞きました。
「どうか見逃してください。私、どうしても死ななくてはならないのです。」
「どうしてや。わけを話してはくれないか。」
「私は、父が亡くなり、継母(ままはは)や義理の妹と暮らしているのですが、どうしても死ななくてはならないわけがあるのです。どうか死なせてください。」
「うーん。それはきっとよくよくのわけがあるのやな。でも、死ぬなんてつまらないことを考えるものやない。どうや、今すぐ家に帰れないのなら、しばらくわしの家にいて、そのうち様子がよくなったら帰っては。」
やさしい狩人の言葉を聞いて、女の人もあとをついて行くことにしました。

狩人の家へ来た女の人は、よく働きました。狩人もいろいろと助かるので、ついつい帰すことを忘れて、しばらく一緒に暮らしていました。
しかも、女の人が来てからというもの、狩人が山へ行こうとすると、女の人が、「今日は西の山がいいですよ。東は獲物(えもの)がありません。」などと教えてくれます。狩人がそのとおりにすると、いつもたくさんの獲物がとれました。
暮らし向きも豊かになってきた狩人は大喜びで、だんだんその女の人を妻にむかえたいと思うようになりました。でも、直接言い出す勇気がないので、友達に頼んで女の人の気持ちを聞いてもらうことにしました。

ところが、気持ちを聞かれた女の人は、悲しそうな顔をして、「あの人のためにならないから、あきらめてほしい。」と言います。でも、狩人はあきらめることなどできないので、勇気を出して直接熱心に頼みました。すると女の人も、しぶしぶ承知しました。

いよいよ結婚式をあげる段取りをすることになりました。暮らしも豊かになっていたので、できるだけ盛大にしたいと狩人がはりきっていると、女の人が、「お金は私の方で全部持ちますから。」と言います。狩人は、「おかしなことを。」と思いましたが、とりあえず言うとおりにまかせてみました。すると、どこからともなく大勢の人々がやってきて、たくさんの嫁入り道具から、山のような料理まですべてそろえて運びこんできました。

とうとう婚礼の日になりました。花嫁は、綿帽子(わたぼうし)を深くかぶって席に座り、結婚式が行われました。ところが翌朝、花嫁の顔を見た狩人はおどろきました。花嫁は別人なのです。
「あなた、どうしてここにいるのですか。」
「わたしも、……、よくわからないのです……。」
「あなたはどこのどなたです。」
「私は、となり村の庄屋(しょうや)の娘です。」
「えぇっ! あの大きなお宅のおじょうさんですか。」
狩人はわけがわかりません。でも気をとりなおして、
「どういうわけなのやろう。あなたの知っていることを教えてください。」
「はい。実は、私は親が決めた人のところへおよめに行くことになっていたのですが、どうしてもいやだったのです。それで毎日泣き暮らしていたのですが、昨日の朝、どこからか女の方がやってきて、『私の言うとおりにしなさい。そうすればあなたは幸せになれますよ。』と言われます。知らない人だったのですけれど、私はわらにもすがるような気持ちでしたし、それにとてもよさそうな方だったので、私、言われるとおりにしようって決めたのです。そしたら、それから気分が何だかぼんやりしてきて、ふと気がついたらこちらの婚礼の席に座っていたのです。」

狩人はますますわからなくなって、ぽかんと口を開けて座りこんでしまいました。すると、縁側の障子(しょうじ)に一匹の狐の影が大きく映りました。狩人が驚いて目を見開くと、その狐の影がぴょこん、とおじぎをしました。
「あ!、これでわかった。」
狩人がさけぶと同時に、すーっと障子が開いて、昨日までいた女の人が姿を見せました。
「あ、私がお会いしたのもこの方です!」
花嫁もさけびました。
二人の声を聞いた女の人は、にっこりとほほえんで、またもとの狐の姿に戻りました。そして、そのままどこへともなく姿を消してしまいました。

その後狩人夫婦は、花嫁の両親の許しもえて、幸せに暮らしたということです。二人を結んだ狐の名は、「およし狐」と伝えられています。

(『郷土の民話』中播編をもとに作成)