弘法大師(こうぼうだいし)は、真言宗(しんごんしゅう)を開いたお坊さんです。中国で勉強し、学問にすぐれ、たいへん徳の高いお坊さんだったので、多くの人に尊敬され、全国各地にたくさんの伝説が残されています。

但馬(たじま)のお話です。

冷たいみぞれが降り始めた、冬の夕暮れのことでした。ひとりのお坊さんがきたない小さな家の入り口に立って、一晩とめてほしいとたのみました。
お坊さんはとてもつかれていました。手も足も冷たくなって、痛いほどです。お腹もへって、もう一歩も歩けませんでした。けれどもどの家も、みすぼらしいお坊さんを泊めてくれません。そしてとうとう最後の、いちばん小さくてきたない家の前に立っていたのです。

「まあまあ、寒かったことだらあなあ。早(はよ)うあがって火にあたんなはれ。何にもないけど、ええ火にゃあとたくけえ、ようぬくもってくんなはれ。」
出てきたおばあさんは、親切にこう言ってくれました。

火にあたりながら、お坊さんが見回してみると、家の中には何もありません。とても貧しい暮らしなのがよくわかりました。

お腹がすいたお坊さんをとめてあげようと思ったものの、食べさせてあげるものもなく、おばあさんは途方(とほう)にくれました。どうしたらよいか迷っていましたが、やがて心を決めたように、立ち上がって家から出てゆきました。
体をふらふらさせながら歩く姿を見ると、おばあさんの片方の足は、何と足首から先がなくて、すりこぎのようになっています。

おばあさんはけんめいに歩いて、となりの家ののき先までやってきました。さきほど、お坊さんがとめてほしいと頼んだとき、追いはらうようにしてことわった家です。のきの下には、稲の束がかかっていました。おばあさんはしばらく家の中のようすをうかがっていましたが、やがて手を伸ばして稲をひと束取ると、転がりそうになりながら自分の家にもどってきました。

おばあさんが歩いた後には、すりこぎでついたような足跡がはっきりと残っています。おばあさんが稲をとったことは、すぐにわかってしまうでしょう。

お坊さんがお経を読んでいる声を聞きながら、おばあさんはおかゆをたいて、お坊さんにすすめました。外では、みぞれが雪に変わっていました。雪はやがてお婆さんの足跡をうめ、すっかりわからなくなるほどに積もってゆきました。

この旅のお坊さんは、弘法大師だったのです。弘法大師は、仏様においのりしておばあさんの足跡を雪でかくしてくれたのでした。旧暦(きゅうれき)の11月23日の「寒大師(かんだいし)」の日には、毎年必ず雪が降るそうです。この日の雪のことを、今も「すりこぎかくし」と呼んでいます。