ひょうご歴史研究室客員研究員 古 野  貢

 こんにちは。2021年度よりひょうご歴史研究室の客員研究員に加わることになった古野貢と申します。歴史研究室では「赤松氏と山城」班に参加させていただくことになりました。

 出身は備前です。まったく認識していませんでしたが、中学校の同級生に浦上や赤田など赤松氏に属していた勢力の末裔(と思われる)がいました。研究室での赤松氏研究は播磨が主となりますが、私のルーツが少しでも研究に寄与できればと思います。

 私はこれまで室町・戦国期の守護、特に細川氏を中心に研究を進めてきました。室町・戦国期の守護は、室町幕府において政務決定に関与する、現在の閣僚的な役割を果たす一方、地方(守護の任国)においては行政・軍事警察・徴税・裁判などに関わる権能を併有し、幕府機能を支えた存在でした。なかでも細川氏は幕府No,2の管領を務める守護で、応仁・文明の乱では細川勝元が東軍の主将となり、乱後も細川氏が主軸となりました。

 一方赤松氏が守護を務めた播磨・備前・美作は、細川氏の守護分国である摂津や丹波、備中と隣接します。分国の安定的な運営には細川氏との良好な関係が期待されました。また嘉吉の乱で没落した赤松氏の復興に関わったのも細川氏です。姻戚関係によって細川・赤松氏は和泉~摂津~播磨~備前~美作という広大な地域を守護として管轄することが可能となりました。これまで守護は個別に検討されることが多かったのですが、細川・赤松氏の関係を事例とすれば、新たな守護像を描き出すことができるかもしれません。

 また城郭については、勤務先の前所属の紀要に翻刻・紹介をした『赤松家播備作城記』に歴史研究室の年報で紹介された大村拓生さん(歴史研究推進員)が気づいてくださり、今回のお話に繋がったのかとも考えています。

 私自身がこれまで続けてきた研究・活動が、歴史研究室の事業内容に少しでも関わり、今後の研究の可能性が広がることは大変ありがたく思います。歴史研究室の成果をいただくたびに「なんとか関われないかな?」と考えていました。ですから今回お声がけいただいたときは大変うれしかったです。藪田貫館長をはじめ、コーディネーターの坂江渉さん、先輩でもある大村さんなど昔からお世話になってきた方々とあらためて仕事ができる機会を頂いたことは大変ありがたく思っています。ひょうご歴史研究室の活動に少しでも貢献できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。