4月最後の日の夕食時、妻がこう呟いた。―この月は毎晩、自宅で、夕食を一緒に食べた!

 いわれてみて3月31日夜を最後に、外で友人たちと夕食をとっていないことに気が付きました。作る側は毎晩のことなので、チリが積もるように記憶しているのですが、食べる側は無頓着。それが夕餉の会話に丸出しです。

「外出の自粛」が、こんな形を生み出したのかと、あらためてこの度のコロナウイルス禍に思い至ったのですが、同時に、こんなこと、つまり毎晩、ふたりで夕食をとることは以前にもあったことを思い出しました。11年前の2009年、半年間の在外研究の機会を得て、ベルギーの大学都市ルーヴェンに暮らした折のことです。

 ビザを貰って行ったので入国早々、ルーヴェン市に住民登録しましたが、5月はじめ、市から歓迎会の案内がありました。夕刻、旧市庁舎に招かれ、アメリカ・コンゴなど複数の外国人と一緒に歓迎され、世界遺産になっているバロック建築の旧市庁舎をあしらったバッグを手土産にいただきました。

 その前後、4月初めから5月半ばまで、ほぼ毎晩、大学の寄宿舎でふたり、朝・夕食を共にしました。朝食後、ベギンホフという寄宿舎を出て、歩いて大学の研究室に行き、夕方、歩いて帰り、夕食――という日が続いたのです。妻も歩いて、デレーゼという大型スーパーや、旧市庁舎の周辺にある小売店に買い物に行きます。ヨーロッパ中世が作り出した円形の旧市街の中は、生活圏がほぼすべて徒歩圏内。駅から電車に乗って、ブリュッセルなどへ遠出しない限り、日々の暮らしは徒歩で完結しているのです。

 たまに昼や夜、市内中心部に出て食事をすることもありましたが、これまたふたり。毎日、毎晩、ふたりで濃密な時間を送っていましたが、思いがけずコロナウイルス禍による「外出自粛」は、それを日本で再現させたのです。要するに「外出自粛」は、徒歩圏内で日々、生活することを意味しているのではないかと。しかし、ベルギーではそれが当たり前でしたが、日本では意外とこれが難しい…。昨今の実感です。

 大学都市ルーヴェンでは、大学に行くのも、レストラン街に行くにも、美術館やスーパーに行くのもすべて徒歩。なかでも最大の楽しみは、毎週金曜日に開かれる朝市。並ぶ食材の豊かさに感嘆を覚えましたが、今の旬は、白アスパラとラズベリー。白アスパラは専用皮むき器まであるほど、よく食べられ、毎夕、我が家の食卓に上がりました。

 買い物のあとは、旧市庁舎と教会の間の広場に並ぶカフェで、春の日差しを浴びながらのコーヒータイム。コーヒーがビールに変わることもありましたが、クリークというサクランボの生ビールを飲んでいると、なんと、その甘い香りに誘われてグラスの縁に蜂が止まっているではありませんか。