館長ブログ
2026年5月20日
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特別展 妖怪・幻獣づくし開幕
4月25日から「特別展 妖怪・幻獣づくし」(写真1)がはじまりました。大変好評で、連休中も多くの方々が来館され、感謝いたしております。今回の展示の基本的なコンセプトは、学芸員コラムで、主担当として展示作成にあたった学芸課長の香川雅信さんが、人と自然との関係についての新たな考え方を踏まえて詳しく解説しています。それを読んでいただいてから、展示を見ていただくと一層理解が深まるのではないかと思います。

香川さんは、著書『妖怪を名づける』(吉川弘文館歴史ライブラリー607、2024年)で、江戸時代に入ると、それまでは人知を超えた怪異を引き起こす存在は限られたものであったのが、急速に拡大し、個別の怪異現象にそれぞれ名前が与えられ、妖怪の数が急速に増え、それが造形化されていくことを指摘されているのですが、今回の展示を見ているとそのことがよく分かります。
たとえば「河童真図」(写真2)は、寛永3年(1626)に豊後国肥田(現在大分県日田市)で捕らえられた河童の絵を、文化2年(1805)に大坂の絵師である春林斎豊住に写させたものとされていますが、この絵には、体の各部分についての詳細な添え書きが付けられています。体の色、甲羅の堅さ、手足に水かきがあることなど、全体を緻密に観察したとの記載がなされています。19世紀にこの絵を見た人々は、ここから河童をリアルにイメージしたことが窺えるものとなっています。

今回、「怪遺物」として人魚(写真3)や河童、雷獣、龍のミイラなどが展示されていますが、ここからも江戸時代に妖怪の造形化が進んでいったことが窺えます。

香川さんは、江戸時代におこったこのような現象を、さまざまなモノや情報を収集、分類・配列し、目に見える形で列挙する考え方や欲望のあり方と捉え、これを「博物学的思考/嗜好」(香川『江戸の妖怪革命』河出書房新社、2005年)と概念化しています。
さてそれでは、江戸時代には、それ以前とは異なり「博物学的思考/嗜好」が社会全体に広がっていくのはなぜでしょうか。そして近代にそれはどう変化していくのでしょうか。これは時代全体のあり方やその変化を問うことでもあり、とても興味深い問いなのですが、それだけにこのことを明らかにすることは、なかなか大変だと考えます。
私自身は、農具などの生産のための道具が多様化することや、髪型、衣服、仕草など、日常的に目に見える形での多様な身分が生まれ、社会に浸透するとともに、それが近世の権力によって固定化されていくことと、このような思考形態が関連するのではと、展示を見ながらあれこれ考えました。おそらく専門家の間でも、この現象をどう考えるかでも多様な意見が出そうにおもえます。
今回の特別展は、人と自然そしてその歴史的な展開について、様々な角度から考えられる充実したものになっています。皆様の来館をお待ちしています。



