館長ブログ
2022年3月23日
日本博物館協会賞の受賞を祝って-福井県年縞博物館と安曇野ちひろ美術館-
オミクロン株の感染拡大が続いています。コロナコロナの令和3年度が、まもなく終わろうとしています。4年度中には、「コロナが終わってよかったね」と言い合える、そんな日が来るでしょうか。その思いには切実なものがあります。
さて本年度最後の「館長室へようこそ」では、日本博物館協会賞を取り上げます。
当館も会員である日本博物館協会(公益財団法人)は、日本全国の指定・登録博物館が加入している大きな組織ですが、協会創立90周年を記念して平成31年(2019)、日本博物館協会賞を創設しています。加入館のうち、先進的な取組みで成果を上げている博物館・美術館(公立・私立を問わない)に協会賞を授与し、その活動を賞賛するとともに、他の博物館にとって活動のヒントを与えようとする趣旨だと理解しています。
初回、その栄誉に浴したのはちひろ美術館(東京・安曇野)と北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)、2回目が、福井県年縞博物館でした。偶然ですが、そのうちの二つの博物館には昨年、行く機会がありましたので紹介します。
まずは、福井県年縞博物館。今年と違い雪の少なかった昨年2月上旬に敦賀に小旅行をし、その折、たまたま福井県年縞博物館に行く機会がありました。たまたまと書いたのは、当初の目的地ではなかったからです。JR敦賀に着き、どこか近場の博物館を見よう、ということで思い浮かんだのが「鳥浜貝塚」。1980年代に発掘され、日本最古とされた丸木舟や櫛などの豊かな漆製品・糞石などが出土し、「縄文のタイムカプセル」と評されたその名を覚えていたのです。場所が三方五湖の近くということで、駅構内の観光マップを頼りに向かいました。貝塚のあとは公園になっており、一帯は縄文ロマンパークとよばれ、ガイダンス施設として若狭三方縄文博物館がありましたが、年縞博物館は、なんとその隣にあったのです。円墳に埴輪が立つ形の縄文博物館に対し、細長い施設が年縞博物館でした。
年縞(ねんこう)とは、文字通り「年」ごとの「縞」模様を意味し、季節と時期によって異なるモノが湖底に毎年、積もることで生まれる泥の地層です。三方五湖の一つ水月湖の湖底から採集された7万年分の地層45メートルが、100枚のステンドグラスとしてそのまま展示されているのです。細長い展示室になるのも納得です。
この年縞、世界的に注目される地球の年代測定の「標準のものさし」ということですが、音声ガイド(22項目、すべて約1分)が用意され、館内のQRコードでは17項目の展示解説を見ることができます。まさにスマートフォンに特化した展示解説と言えるでしょう。
音声ガイド1は「世界一美しい泥」と題され、乾燥に弱い泥の年縞を展示するため、樹脂を埋め込み、薄いフィルム状にしてガラス版に挟み、空気を完全に遮断したステンドグラスにして展示していることを約1分10秒で説明します。このグラス、1ミリの20分の1の薄さと言いますから驚きです。
担当したのはドイツ人の技術者ですが、河川が流れ込まない密閉された水月湖の特徴も世界的な年縞の大きな要因といいます。年縞は1991年、鳥浜貝塚の調査がきっかけで発見され、さらに条件のいい水月湖で、45メートル、7万年に及ぶ連続した年縞が見つかり、世界の研究者の協力で2012年、世界標準に採用されました。年代測定としては放射性炭素年代測定法が有名ですが、それと並ぶものさしが年輪年代と年縞である、と音声ガイドは語ります。
一方の安曇野ちひろ美術館には夏7月末、念願かなって訪問しました。いわさきちひろ(1918~74)の名は、ベトナム戦争の最中に出た絵本『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)から受けた強い感銘とともによく覚えています。東京に美術館があるのは、知っていたのですが、毎夏、信州に行く知人から、「安曇野にもある」と聞き、いつか行ってみたいと思っていたのです。ちひろの両親が信州出身で、本人も馴染みのある地だというのが設置理由ですが、わたしにも信州安曇野周辺の山々は、20代から30代に、よく夏山登山に出掛けた場所だという思い出があります。
安曇野ちひろ美術館は1997年、東京のちひろ美術館の開館20周年を祝って開館されたということですが、素晴らしいのはその環境です。美術館の周囲は安曇野ちひろ公園(松川村村営)と名付けられ、咲き乱れる花々の先には、北アルプスの山容が望まれます。公園内には「トットちゃん広場」が設けられ、フリガナ付きのオリエンテーリングマップが置かれていましたが、美術館を抜け出して、駆け出したくなる子どもたちを迎えようとしている―そんな開放感がタップリな美術館にまず感銘を受けました。「入館証をつければ、一日何度でも出入り自由です」とパンフレットにあります。
木造のコテージ風な美術館は、ちひろの館と世界の絵本館の二つに分けられ、訪れた時には、ちひろの館では黒柳徹子さんとの共作『窓際のトットちゃん』、絵本館では『じごくのそうべえ』の作者田島征彦さんの作品が展示されていました。
ここでもデジタルガイドが基本で、音声(2言語)と文字(7言語)が用意され、手持ちのスマートフォンでQRコードを読み込む仕組みです。コンテンツは、『窓際のトットちゃん』など11項目ですが、わたしが注目したのは「ピエゾグラフとは」です。
それは近年、版画技法として開発されたもので、原画をデジタル化してコンピューターに取り込み、インクを紙に吹き付けて印刷する方法で、絵画の複製として活用されています。水彩やパステルを多用するちひろの絵の保存と活用の観点から、このピエゾグラフの作品展示が始められているのです。先進的博物館として評価される所以でしょう。
令和3年度にも新たな受賞館が生まれているでしょう。博物館の世界が広がるのは、嬉しいことです。