神戸市兵庫区。夢野(ゆめの)は、鵯越(ひよどりごえ)の山すそにある。心に響く美しい地名であるが、今は住宅が建ち並び、自動車の群れが道路を行き交う市街地となって、1300年以上前、鹿が住んでいたという「野」は、どこにも見ることはできない。この地に住む人も、この物語を知らない人の方が多いのではないだろうか。
淡路(あわじ)の野島(のじま)。海岸沿いにはしる道路は防波堤に守られ、その向こうにはコンクリートブロックで固められた海岸がある。昔は海際まで山が迫り、砂浜が細く長くのびていた場所だったであろう。
都市がひろがるとともに、昔の風景が失われてゆくのは仕方のないことかもしれないけれど、時には立ち止まって、古い話に耳を傾けてみるのも悪くはないと思う。
鹿の瀬(しかのせ)と呼ばれる海だけが、往古と変わらない波音を残している。