丹波(たんば)の氷上(ひかみ)というところには、こんなお話が伝わっています。
香良(こうら)の村のおくにある滝に、恐ろしい大蛇(だいじゃ)が住んでいました。滝のまわりは木がうっそうとしげって、昼間でもうす暗くて気味悪いところです。けれども村の人たちが山仕事に行くには、この滝の横を通らなくてはなりませんでした。
いつ大蛇が現れるかわかりませんから、村の人たちはいつもこわい思いをしていました。
「ほんまにこわいのう。いつ大蛇がおそってくるかもしれんで、山へ行くのはいやじゃ。」
「こないだも、山でふっと上を見たら、ひとかかえくらいある大蛇が、松の木に巻きついて赤い舌をぺろぺろさせとったで。思い出してもこわいわ。」
「ほんまにこわいのう。」
昨日はだれかが丸飲みにされたとか、このあいだはだれかが追いかけられたとか、恐ろしい話は広まってゆくいっぽうでした。
ある夜、京の都にいた弘法大師(こうぼうだいし)の夢に、住吉大明神があらわれて、「おまえの力で村の人たちを救ってあげなさい」と告げられました。
そこで大師はさっそく、丹波へとやってきました。
滝つぼへ行ってみると、大明神のお告げの通り、ものすごい大蛇が頭を出して大師をにらみつけ、今にもひと飲みにしようとしています。
「おう、これは村の人もさぞ恐ろしかっただろう。」
弘法大師は滝つぼの前に座ると、さっそくお経をとなえて、一心に仏様にいのり始めました。さすがの大蛇も、お経の力のために、大師におそいかかることができません。三日三晩、大師のとなえるお経が香良の村までひびき、村人たちもこれを聞いて、いつしか一緒においのりを始めるのでした。
四日目の朝、大師は持っていた独鈷(どっこ)を「えいっ」とばかりに、大蛇めがけて投げつけました。すると、人を丸飲みにするほどの大蛇が、みるみるうちに小さくなり、滝つぼの中へ消えていったということです。
その後弘法大師は、天皇にお願いして、滝の近くに岩瀧寺(がんりゅうじ)というお寺を建てました。そして、大蛇を退治できたお礼に、石で不動様の像を作り、祭りました。小さくなった蛇の頭は、お寺の下に池を掘って埋め、そのわきにお堂を建てたそうです。
今でもこのお堂と池は残っていて、「池の中へ石を投げこむと雨が降る」と言い伝えられています。