何が描かれているの?
「淡路名所図会」内の絵図は淡路国内の寺院・神社・古城・廃寺・名勝・旧跡・景観等、多岐にわたりますが、洲本(すもと)城下や沼島(ぬしま)を描いた図がない等、いくつか欠落がみられます。1つの村に対して複数の項目がある場合もあれば、全く登場しない村もあることから、淡路国内全ての村を網羅的に収録しているわけではないようです。
絵図に描かれた景観は、古いもので正徳3年(1713)、最も年次の新しいもので文化4年(1807)ですが、年紀の分かる絵図をみると、天明~寛政期(1781~1801)が多い印象です。「先山千光寺」に文化年間に再建された三重塔が描かれていないことも踏まえると、絵図の景観はおおむね18世紀から19世紀初頭にかけてのものと考えてよいでしょう(図1)。
絵図の大半は、地表面を上空からななめに見下ろしたような、“鳥瞰図(ちょうかんず)”と呼ばれるスタイルで描かれています(図2)。基本的に見開き2ページずつで構成され、各絵図の右上に枠書で題簽(だいせん)が設けられて、そこに絵図のタイトルが書き込まれています。
絵図に描かれるのは、淡路国内の寺院や神社、庄屋宅等の建造物や、道の形状、鳥居や灯籠、木の形状等で、そのほとんどが非常に丁寧かつ詳細に書き込まれています。人物がほとんど描かれない点も特徴的といえるでしょう。
さらに、本絵図集は眺望に対する関心の高さがうかがえる点も特筆できます。城跡や高山から見える視界(図3)や海上の眺望(図4、5)、淡路島の海岸線の景観を描いた絵図(図6)のほか、なかには広角な視野で描いた、魚眼図のような特殊技法を用いたものもあります(図7)。こうした特徴から、図を描いた絵師の技量・技法の高さがうかがえるとともに、その背景に高い絵図作成技術を持った徳島藩の存在も考えることができるかもしれません。
なお、徳島藩主蜂須賀家のゆかりの「阿波国文庫」には、「淡路名所図会」に類似する鳥瞰図や魚眼図的な絵図が含まれていることが確認されています。
