資料名

織田信長像 おだのぶながぞう

資料解説

織田信長(1534~82)は、天文3年に尾張国那古野城(名古屋市)で生まれた。幼名を吉法師といい、元服して三郎信長、家督を継ぐと上総介と名乗った。若い頃から異様な風体を好み、粗暴な振る舞いが多かったため「大うつけ者」の評判が高かった。信長は主家を滅ぼし、尾張一国を支配下におさめ、永禄3年(1560)には今川義元を田楽狭間(でんがくはざま)(愛知県)に破り、一躍武名をあげた。松平元康(のち徳川家康)と盟約を結んで美濃を攻略して斎藤氏を滅ぼし、永禄11年に足利義昭を奉じて上洛を遂げた。その後、将軍となっていた足利義昭を追放して室町幕府を滅亡させ、浅井・朝倉・武田の諸氏を滅ぼし、天下統一への地歩を固めていった。しかし、天正10年(1582)明智光秀の謀反により、京都本能寺にて自刃、時に49歳であった。
この信長像は、信長とその長男信忠の供養のために正親町(おおぎまち)天皇の勅命により創建された大雲院(京都市)に伝存する信長像を模写したものである。束帯を着して上畳に坐す姿は、信長像としてよく知られる天正11年5月上旬の賛のある神戸市立博物館本(重要文化財)と同様であるが、図上に御簾(みす)や織田木瓜(もっこう)の紋の入った幕が張られ、神格化された描き方となっている。当館本は、絵師が粉本(ふんぽん)として写したものとみられる。

資料データ

資料ID
2768
種類
肖像画
分野
美術
コレクション
時代
江戸時代
年月日
西暦
世紀
数量
1 幅
サイズ
105.7×57.3
材質
紙本着彩
文化財指定
使用者・使用地・伝来
作者
二次利用について
申請不要(商業利用不可)
収蔵品の閲覧
事前にお問い合せください