資料名

行基像 ぎょうきぞう

資料解説

 胸をはだけて黒い衣を着し、左肩に朱色の袈裟(けさ)を懸けて葉の上に座す老僧の像である。軸の端裏に「行基像黄檗高泉賛」の題箋(だいせん)が貼られており、行基(ぎょうき)(668~749)の像と思われる。行基は、奈良時代の僧。河内国(後和泉国)大鳥郡蜂田郷(堺市)に生まれ、若くして出家し、はじめは官寺に入り法相宗を学んだが、後に民衆への布教にたずさわった。多くの信者の力により、各地に池、溝、道、橋、布施屋などを造り、多くの寺院を開いたとされる。これらの行為は、最初は僧尼令違反として禁じられたが、やがて認められ、東大寺大仏の勧進(かんじん)役として建立に協力し、大僧正となった。
 兵庫県内の事蹟としては、昆陽(こや)池・昆陽(伊丹市)の布施屋を開き、大和田泊(おおわだのとまり)(神戸市兵庫区)の改修をしたことなどが挙げられる。また、県内の真言宗を中心とする寺院の多くが、開基を行基とする伝承があり、この画像が伝来したと伝えられる有馬の温泉寺(神戸市北区)も当館蔵「有馬温泉寺縁起」にみられるように行基を開基としている。
 この画像を描いた等友は、落款(らっかん)によると周防(すおう)(山口県)出身で雪舟末を名乗っている。『大日本書画名家大観』に記される「京都東福寺の御成間に画けり、雲谷派の画家なるべしと思はるれど、伝記未詳」とある等友と同一人物かどうかは不明である。賛を書いた高泉性潡(1633~95)は、中国福建省出身、寛文元年(1661)来日した。詩文や書画に秀で、後に黄檗(おうばく)山万福寺(京都府)の第5世となっている。

資料データ

資料ID
2763
種類
肖像画
分野
美術
コレクション
時代
江戸時代
年月日
元禄3年賛
西暦
1690
世紀
数量
1 幅
サイズ
99.4×37.9
材質
紙本着彩
文化財指定
使用者・使用地・伝来
作者
等友筆 高泉性潡賛
二次利用について
申請不要(商業利用不可)
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