鉄仕立ての胴と兜には龍文が打出され、装飾性豊かな具足である。胴には「延宝二年八月日 明珍(みょうちん)藤原宗介」と刻銘があり、1674年に江戸の明珍本家24代宗介が製作したものであることがわかる。当時の金工技術を知るうえで貴重な資料といえよう。札板(さねいた)は、白檀(びゃくだん)塗とし、紺糸で威(おど)している。草摺(くさずり)は7間5段下りとなっており、前面中央の草摺裏には前袋を留める。伝来については、胴の杏葉(ぎょうよう)と兜の吹返(ふきかえ)しに三星紋が、佩楯(はいだて)に梶葉紋がそれぞれ据えられていることから、肥前平戸藩主松浦家旧蔵品であった可能性がある。いずれ上級武士が所用したものと考えられる。
資料解説
鉄仕立ての胴と兜には龍文が打出され、装飾性豊かな具足である。胴には「延宝二年八月日 明珍(みょうちん)藤原宗介」と刻銘があり、1674年に江戸の明珍本家24代宗介が製作したものであることがわかる。当時の金工技術を知るうえで貴重な資料といえよう。札板(さねいた)は、白檀(びゃくだん)塗とし、紺糸で威(おど)している。草摺(くさずり)は7間5段下りとなっており、前面中央の草摺裏には前袋を留める。伝来については、胴の杏葉(ぎょうよう)と兜の吹返(ふきかえ)しに三星紋が、佩楯(はいだて)に梶葉紋がそれぞれ据えられていることから、肥前平戸藩主松浦家旧蔵品であった可能性がある。いずれ上級武士が所用したものと考えられる。