城郭研究の第一人者であった鳥羽正雄の指導のもと、山添輝一が精緻に描いた姫路城の内曲輪(うちぐるわ)の想定復元図である。発行者は東京の「教育資料会」で、右辺の欄外には「わかもと教育掛図 文部大臣推奨」の文字が入っており、この図が学校教材用として作成されたことがわかる。因みに、昭和13年(1938)に改定された国定教科書(小学国語読本尋常科用 巻12)には、「姫路城」が新しく登場して全国へ一律に紹介される中、教育現場に掛図が求められる素地が出来上がっていたことが予想される。城内の桜が彩りを添える姫路城の優美な画面は、人の影の表現から春の午後の風景を彷彿とさせ、穏やかな日和が見るものの心に姫路城の昔の好日を温かく再現する。をノ門付近に在る逆レの字の形をした2本の松は、国定教科書の文中にも採り上げられた有名な松の木で、その存在の描写を掛図はやはり忘れていない。また、天守の屋根の下を支える方杖の状態から、戦後に行われた解体修理(築城当初の形に縮小・変更された)以前の形が克明に記録されており、掛図の作成にあたり当時の姫路城の姿を、細かいところまで厳格に図化しようとした作者の熱意のほどが読み取れる。本図は、江戸時代の姫路城の雰囲気を想定しつつも、昭和10年代の姫路城の立場を実は色濃く表現していたと言えよう。
資料解説
城郭研究の第一人者であった鳥羽正雄の指導のもと、山添輝一が精緻に描いた姫路城の内曲輪(うちぐるわ)の想定復元図である。発行者は東京の「教育資料会」で、右辺の欄外には「わかもと教育掛図 文部大臣推奨」の文字が入っており、この図が学校教材用として作成されたことがわかる。因みに、昭和13年(1938)に改定された国定教科書(小学国語読本尋常科用 巻12)には、「姫路城」が新しく登場して全国へ一律に紹介される中、教育現場に掛図が求められる素地が出来上がっていたことが予想される。城内の桜が彩りを添える姫路城の優美な画面は、人の影の表現から春の午後の風景を彷彿とさせ、穏やかな日和が見るものの心に姫路城の昔の好日を温かく再現する。をノ門付近に在る逆レの字の形をした2本の松は、国定教科書の文中にも採り上げられた有名な松の木で、その存在の描写を掛図はやはり忘れていない。また、天守の屋根の下を支える方杖の状態から、戦後に行われた解体修理(築城当初の形に縮小・変更された)以前の形が克明に記録されており、掛図の作成にあたり当時の姫路城の姿を、細かいところまで厳格に図化しようとした作者の熱意のほどが読み取れる。本図は、江戸時代の姫路城の雰囲気を想定しつつも、昭和10年代の姫路城の立場を実は色濃く表現していたと言えよう。