江戸幕府は金・銀・銭貨による貨幣制度を確立した。そして金一両=銀50匁=銭4,000枚という貨幣間の交換基準を公定したが、貨幣改鋳などにより一定しなかった。金・銭貨は、一両・一文というように計数貨幣であったのに対して、銀貨は秤量貨幣であって重さが価値をあらわした。そのため交換が面倒であったので、江戸時代後期の明和2年(1765)に五匁銀が創鋳され、同9年には南鐐二朱銀など銀貨も計数貨幣が発行されるようになった。これらの貨幣は「金代り通用の銀」と称された。 当館所蔵の江戸時代の通貨は47点。金貨は享保・万延大判金や天保五両判金、慶長から万延までの小判金をはじめとする判金類、また銀貨には、秤量貨幣の丁銀を除く豆板銀、計数賞幣の分銀・朱銀がある。江戸時代の貨幣制度などを考えるうえでの基本的な資料である。
資料解説
江戸幕府は金・銀・銭貨による貨幣制度を確立した。そして金一両=銀50匁=銭4,000枚という貨幣間の交換基準を公定したが、貨幣改鋳などにより一定しなかった。金・銭貨は、一両・一文というように計数貨幣であったのに対して、銀貨は秤量貨幣であって重さが価値をあらわした。そのため交換が面倒であったので、江戸時代後期の明和2年(1765)に五匁銀が創鋳され、同9年には南鐐二朱銀など銀貨も計数貨幣が発行されるようになった。これらの貨幣は「金代り通用の銀」と称された。
当館所蔵の江戸時代の通貨は47点。金貨は享保・万延大判金や天保五両判金、慶長から万延までの小判金をはじめとする判金類、また銀貨には、秤量貨幣の丁銀を除く豆板銀、計数賞幣の分銀・朱銀がある。江戸時代の貨幣制度などを考えるうえでの基本的な資料である。