資料名

織田信長朱印状 おだのぶながしゅいんじょう

資料解説

織田信長が、明智光秀に命じて丹波(兵庫県西北部、京都府西部)を攻めさせていた時期の文書。「天下布武」の朱印が押され、信長が発給した文書であることを示している。
宛先は丹後(京都府北部)の国人とみられる矢野弥三郎で、赤井氏・荻野氏の赦免にかかわらず、矢野の所領については従来通りを保証することを伝えている。
赤井氏・荻野氏は丹波氷上郡(丹波市)を本拠として西丹波に勢力を広げた国衆で、このころは荻野直正が一族を率い、天正3年(1575)以来明智光秀と黒井城(丹波市春日町)で戦っていた。しかし、この文書の冒頭には、赤井・荻野両氏を赦免するとあり、一時和解が成立しようとしていたことを示している。天正4年(1576)正月に、黒井城を包囲していた光秀が大敗・退却しており、このあとに一旦の和議が成立したものかと推定される。
なお、この後荻野直正は天正6年3月に病死し、天正7年5月~8月にかけて、明智光秀は波多野氏、赤井氏を順次降していき、丹波は織田政権の支配下に入っていくこととなる。

資料データ

資料ID
14432
種類
文書・記録
分野
歴史
コレクション
時代
安土桃山
年月日
(天正4年ヵ)4月13日
西暦
1576ヵ
世紀
16
数量
1 通
サイズ
28.3×41.6
材質
紙本墨書
文化財指定
使用者・使用地・伝来
作者
(朱文楕円印「天下布武」)(織田信長)
二次利用について
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