盤珪永琢(1622~93)は、江戸時代の臨済宗妙心寺派の禅僧。播磨国揖西郡浜田村(姫路市網干区浜田)に生まれ、16歳で赤穂随鷗寺で得度。不生禅を説いて禅界に大きな波紋を投げかけた。 出身地の浜田に建立された龍門(りょうもん)寺の開山となり、のち寛文12年(1672)妙心寺に入寺、元禄3年(1690)仏智弘済禅師の号を賜った。『大法正眼国師盤珪琢大和尚行業曲記』によると弟子400余名、弟子の礼をとるもの5万余名、と記されている。 この書は不生禅の思想を表したものである。
資料解説
盤珪永琢(1622~93)は、江戸時代の臨済宗妙心寺派の禅僧。播磨国揖西郡浜田村(姫路市網干区浜田)に生まれ、16歳で赤穂随鷗寺で得度。不生禅を説いて禅界に大きな波紋を投げかけた。
出身地の浜田に建立された龍門(りょうもん)寺の開山となり、のち寛文12年(1672)妙心寺に入寺、元禄3年(1690)仏智弘済禅師の号を賜った。『大法正眼国師盤珪琢大和尚行業曲記』によると弟子400余名、弟子の礼をとるもの5万余名、と記されている。
この書は不生禅の思想を表したものである。