2016年9月17日 13:30~16:45

ひょうご歴史文化フォーラムと『播磨国風土記』全巻特別陳列について

1. ひょうご歴史文化フォーラムin兵庫県立考古博物館

兵庫県立歴史博物館では、兵庫の歴史ファンが集う場、地域史研究者の意見・情報交換の場として、年に1度、フォーラムを開催してきた。今年度は、県立考古博物館との共催行事として、同館の講堂において、「播磨国風土記と古代の交通路」と題するフォーラムをおこなった。
またこのフォーラムは、ひょうご歴史研究室の播磨国風土記研究班に関わるメンバーによる研究成果の発表の場としても催された。

平成28年9月17日 13:30~16:45

開会あいさつ(藪田貫県立歴史博物館長兼ひょうご歴史研究室長)

  • 講演① 坂江渉(ひょうご歴史研究室コーディネーター)
    「歴史学からみた風土記の『交通障害神』説話と倭王権」
  • 講演② 中村弘(兵庫県立考古博物館学芸員)
    「考古学からみた風土記時代の道と駅」
  • フォーラム(公開討論)「播磨国風土記と古代の交通路」
  • 司会、高橋明裕(ひょうご歴史研究室客員研究員)、山下史朗(兵庫県教育委員会文化財課副課長)
    総合司会:村上泰樹(兵庫県立考古博物館学芸員)
  • 閉会あいさつ

講演①では、坂江が『播磨国風土記』などに合わせて11例みえる「交通障害神」説話を、正確には「荒ぶる神」の鎮祭伝承と読み解くべきだと提起。文献史学の立場からみると、同伝承が、(播磨国内の場合も含め)各国の要地、要所に対する倭王権の地域掌握史料として捉えられると指摘した。

講演②では、中村弘学芸員が、考古学者の立場から、播磨国内の官道や駅制のあり方について、県内の発掘事例や文献史料を交えて解説が加えられた。そのなかでとくに、「駅鈴」の所持によって駅システムを利用できることが、日本の交通制度の特色であると指摘し、当時の「鈴」というものに、呪術的な効果が期待されていたという理解を示した。
フォーラム(公開討論)は、会場からの質問用紙も踏まえてすすめられ、風土記の神話や伝承は、どの時代まで遡りうる史料なのか、坂江講演で分析された6世紀代の考古資料としては何があるのか、「荒ぶる神」の鎮祭伝承の比定地をどうみるか、などの点について、白熱した討論がおこなわれた。総じて、風土記という歴史資料の位置づけや方法視角をめぐり、歴史学(文献史学)と考古学との間には、少なくないズレがあることが浮き彫りになる会となった。
当日は、天候が不順にもかかわらず、260名以上の聴講者が集まり、回収したアンケートでは、「歴史学と考古学の最新の情報を得られて、風土記への興味が深まった」「歴史学と考古学による「対決」という形の企画が新鮮だった」「文献史学と考古学の学問的アプローチに大きな違いがあることを感じた」「地域に根ざしたフォーラムだったので良い企画だったと思う「今後もタイムリーな企画を催していくべきだ」などの感想が寄せられる一方、「全体として良い催しだったが、画面や音声が視聴し難いところがあり、今後工夫が欲しい」「早口の講演となったので、もっと時間にゆとりをもたせた企画にして欲しい」などの要望も出された。

挨拶する藪田館長の写真
▲挨拶する藪田館長
公開討論風景の写真
▲1時間以上に及んだ公開討論

2. 『播磨国風土記』(複製品)全巻特別陳列

昨年度、兵庫県立歴史博物館では、編纂1300年を記念して、三条西家本の『播磨国風土記』を、前後半2回に分けて展示した。今年度は、兵庫県立考古博物館の協力を得て、9月10日(土)から25日(日)までの間、同館の特別展示室にて全巻展示した。第Ⅰ部では、風土記の複製品と解説パネルや翻刻文を、第Ⅱ部と第Ⅲ部では、関連する考古資料を展示し、最新の研究成果を紹介した。
会期中の観覧者数は合わせて1664名。ギャラリートークについては、9月10日が20名、18日が12名、25日には60名の方々が集まった。
特別陳列の開催に向けてご協力いただいた方々に、この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

9月25日のギャラリートーク風景の写真
▲9月25日のギャラリートーク
展示室風景の写真
▲展示室風景

(文責・坂江渉)