神戸市北区に所在する有馬温泉寺(現在は霊泉山清涼山 黄檗宗)の縁起を描いた絵巻である。温泉寺は奈良時代に行基によって開創された。この絵巻は断簡13場面からなり、詞書は既に失われている。しかし、詞書については、場面左右にそれぞれ1行程度の詞書が残されており、他の温泉寺縁起と照合することにより、およその場面展開は明らかとなる。行基が男の病者を助けるとその男は薬師如来となり、示現を得て温泉寺を創建し、薬師如来の霊場として貴賤の厚い信仰を集めて隆盛する。その後荒廃し、鎌倉時代にいたり仁西によって中興された。また、清澄寺の慈心坊尊恵は閻魔庁に招請され法華経読誦を行ったことなどを描いている。温泉寺の縁起は京都国立博物館が所蔵する室町時代の「有馬温泉寺縁起」が著名であるが、有馬温泉関係の絵画作品は少なく、本絵巻も貴重なものである。
資料解説
神戸市北区に所在する有馬温泉寺(現在は霊泉山清涼山 黄檗宗)の縁起を描いた絵巻である。温泉寺は奈良時代に行基によって開創された。この絵巻は断簡13場面からなり、詞書は既に失われている。しかし、詞書については、場面左右にそれぞれ1行程度の詞書が残されており、他の温泉寺縁起と照合することにより、およその場面展開は明らかとなる。行基が男の病者を助けるとその男は薬師如来となり、示現を得て温泉寺を創建し、薬師如来の霊場として貴賤の厚い信仰を集めて隆盛する。その後荒廃し、鎌倉時代にいたり仁西によって中興された。また、清澄寺の慈心坊尊恵は閻魔庁に招請され法華経読誦を行ったことなどを描いている。温泉寺の縁起は京都国立博物館が所蔵する室町時代の「有馬温泉寺縁起」が著名であるが、有馬温泉関係の絵画作品は少なく、本絵巻も貴重なものである。