日本全国の城郭の情報を畿内と七道に分けて列挙したもので、城主記と城図を結合した内容から件の書名が由来する。これまでは、山県大弐が城取の軍学を講義する教材として編集したものと考えられていたが、既に享保期には成立していたらしい。江戸幕府がスタートしてから約100年を経て、様々な城郭管理政策が進められる中、城郭がトップシークレットの扱いをしだいに受けなくなってから成立したものと思われ、主図合結記は幅広く軍学者などの保有する手引書となった。主図合結記に収録された城図は、17世紀段階での情報が基礎資料に用いられたとされ、また、描写の範囲・正確さにおいて、各城にかなりの差異が見られることは興味深い。なお、当館所蔵の主図合結記は、大和国高取城主の植村家が旧蔵していたものである。
資料解説
日本全国の城郭の情報を畿内と七道に分けて列挙したもので、城主記と城図を結合した内容から件の書名が由来する。これまでは、山県大弐が城取の軍学を講義する教材として編集したものと考えられていたが、既に享保期には成立していたらしい。江戸幕府がスタートしてから約100年を経て、様々な城郭管理政策が進められる中、城郭がトップシークレットの扱いをしだいに受けなくなってから成立したものと思われ、主図合結記は幅広く軍学者などの保有する手引書となった。主図合結記に収録された城図は、17世紀段階での情報が基礎資料に用いられたとされ、また、描写の範囲・正確さにおいて、各城にかなりの差異が見られることは興味深い。なお、当館所蔵の主図合結記は、大和国高取城主の植村家が旧蔵していたものである。